子ども達の人生が進むにつれ、主にネットリテラシーの観点から書けることが減ってきた。

皆、元気で生きている。

たまにここを見てくれている人が居るのではないかと何となく思い、念のため書いておく。

母は、永遠にこの子達を想い・愛し続けるだろう。

大げさに聞こえるかもしれないが、子ども達が生まれてからこの母の人生は本当の意味で始まったと思う。

もちろん、わたしはこの子達を産まなくても、楽しく幸福で、人に優しく好きな人達に好かれる人生を送ったと確信する。

心地よく、自分のできることを弛まず怠けず、”余裕で”やりきってきたし、末永くそうし続けたと思う。

ただ、本当の戦いというのは、この子達が生まれなければしようと思わなかったのではないかと、最近よく思う。

今、毎日必死で、時々心に余裕がない。

これが”忙しい”という心持ちか…と思ったりもする。

自分の不足を、毎日思う。

もっと効率よく動けたら。

もっと体力があれば。

もっと全面的に愛想がよければ。

もっともっと、優しくいられたら。

こういうことを毎日思い、疲弊する。

だけどこれからも諦めないと誓う。

わたしは、子を持って本当に初めて、他人を心の底から”羨ましい”と本気で思ったことが数度ある。

我が子を健康で幸せ(そう)に無事成長させきった人達のことだ。

わたしにはできていない、困難なことをやりきり、子ども達を生かして巣立たせた人達。

だけどやはり、これからも諦めないと誓う。

子ども達に、厳しく当たってしまったり、自分の思う理想の接し方ができない日もあるが、まぁ、何があったとしても決して諦めない。

諦めず自分の戦いで勝ちにいき、失敗しながらも投げ出さず前を向いて明るく優しく生きる。

(実は、長女の名前にはこれに類する意味が込められている。)

なんか思い立って、心意気のようなものを書き殴ってしまった。

見ている人がいるか確信はないのだけど、とりあえず、皆元気です。

これからも色々あるだろうが、元気でやっていく。

そしていつかここを見る可能性がある我が子達へ。

ずっとずっと大好きだよ。

2週間、怒涛であった。

長女は4/1から学童、4/6に入学式を終えいよいよ学校生活がスタートした。

クラスにも恵まれ前途洋々、毎日、今日は何をした、誰と話した、先生はこうやって言ってた…と聞かせてくれる。

ランドセルは、重い!と不機嫌になりながらも頑張って背負っている。

下校後の公園遊びでお友達と沢山あそび、毎日帰宅は7時前後で夜はぐっすり眠る。

お姉さんになったと思う反面、小さい身空で本当によく頑張っている。

学童の時間でやるドリルを完了したので、ご褒美に本人の希望でゲームセンターに行った。

ガチャガチャの代わりにクレーンゲームを選び、取れそうで取れないまま終わり号泣。

帰宅すると「ガチャガチャでもよかったけど、娘ちゃんはクレーンゲーム頑張ったからいいんだ」と言っていた。

あらゆる経験が、食物のごとく糧になる時期に来たと感じる。

これからも本人のペースを大切にしながら進みたい。

長男は、保育園で進級して少しシオシオしていたが、次第に慣れてきたようで、朝はバイバイするともう見向きもしない。

とはいえ帰宅するとずっと母のそばに居たがる。

キッチン横のガード向かい側に設置した椅子に座りこみ、「まま、息子くんさびし〜の」などと言うのでそのたび抱きしめて頭をなでる。

本当によく頑張っている。

マイペースな性格で周りの動きに合わせることにストレスがある場面もあるだろうが、それも学びだろう。

担任の先生方が、息子の性格をよく理解してくださる方々でありがたい。

これからも、無理させすぎず適度にガス抜きしながらやっていこう。

意外なのは、慣らし保育に突入した次女である。

引き渡しの時は当然泣くのだが、暫くするともう遊び始め、おもちゃを物色したり散歩したりしている。

入園2日目から突然の離乳食爆ぐい意欲が来たようで、ミルクを拒否して米や野菜、魚やフルーツをよく食べるようになった。

降園後のご褒美にひじきせんべいを与えるのが定番になったが、最初はうまく食べきれなかったのが今では器用に左右の手で持ち替えながら最後まで上手に完食する。

更につかまり立ちも習得。

全く促していないのだが、こちらも入園2日目にしてスクッと母の膝から立ち上がり驚く。

ハイハイは機動力が格段に上がり、お座り遊びで後ろから名前を呼んで振り返っても転がらなくなった。

とはいえ一番小さいので用心して見守りたい。

園が信頼できるところで良かったと思うが、こちらも甘えすぎないようにしたい。

皆、本当によく頑張っている。

1週間お疲れさま&来週もよい日々になりますように。

新年あけましておめでとう。

初詣、お礼参りを済ませ、新しい達磨も迎え(?)、穏やかな正月。

息子が突如「これは俺のだ…」とか「俺は…」とか言い始め、衝撃の正月。

娘はどんどんギャルになり、わたしと二人の時間も増えるだろうと思う正月。

次女はとにかく、イベントについてきてくれるだけでありがとうの正月。

とにかく健康第一で、細かいことは気にしすぎず楽しくやっていこう。

皆に幸あれ。

壽仙院へ

2年弱が経ち、漸く水子供養に行ってきた。

次女が生まれる前年の冬に胎嚢が確認でき、だが9週で流れて生まれることが叶わなかった子。

長女が生まれたばかりの頃は、一人っ子で良いと思っていた。

やがて自分達はやがて老いるからと、きょうだいという存在の夢を描いて長男が誕生。

長男が話し始める頃には、我が家はおそらく”子ども3人”が最も平和にバランスを取れるだろうと考え、3人目を望む。

どの子も懐妊はギフトに近かったが、この3人目の流産からわたしはずいぶん”切望”したと思う。

流産したことがきっかけで子宮の異変に気付くことができた点でも、一つ大きく感謝しなくてはいけない。

何より、今の次女が居るのはこの子のお蔭である。

9週で出てきた姿をずっとずっと手放せず、そして次女の誕生までは弔い行事は避けようと今日まで来たが、漸く。

西浅草にある壽仙院で供養の儀:読経して卒塔婆建立まで行っていただいた。

戒名は「妙幸水子霊位」。

かわいらしいお戒名をおつけします、とお話いただいたのだが、相談過程で「お名前が決まっていたのでしたらそちらから一文字をお借りしましょう」とご提案いただいた形だった。

決して信心深いほうではない夫が、ご住職の説法に涙を浮かべていた。

最も世話になった友人も参列してくれ、子ども達も静かに聞けてよかった。

わたしの心持は、ただただ穏やかで安堵している。

伝えたいことがあるとすれば、やはり感謝のみ。

どうか安らかに眠ってもらいたい。

寺院には定期的に伺うだろうから、次のお供え物を考えておく。

妊婦健診第12回目。

子宮口が2センチ開いているのでもうすぐだろうとのこと。

とはいえ予定日が8/3なのでギリギリではある。

ここまで持ちこたえるのは初めてだ。

娘は37週、息子は38週で生まれた。

出産が軽い方だとは思っているが、今回はすでに上の二人より200−300グラム大きい。

大きく構えつつ、用心したい…

本当に毎日毎日お腹が苦しくてしんどくて、生きるのが辛いフェーズに入ってきた。

先月までは赤子がまだ小さかったので、わたし自身が体調をコントロールすればなんとかなる場面もあった。

今月、胎児の体重増加が一気に増す段階で、本当に自分の身体が宿主としての機能に特化し始めているのを感じる。

まず、四六時中眠い。

基本ずっと眠いが、輪をかけて耐えがたいほどの眠気が日中3時間に一度ほど訪れる。

内臓が圧迫され、まっすぐ座っていられず、全身の倦怠感や腰痛、肩凝り、手の震えがある。

少し食べると動機がして呼吸が苦しくなり、いくら息を吸っても酸欠に陥る感じがするものの、深呼吸すると眩暈がする。

野生動物なら、この時期はどう生きているのだろう。

きっと生死をかけて最終段階での栄養摂取と休息に充てているのではないか。

現代は医療もケアサービスも発達しており、基本の住環境は野生動物と比較にならないほど恵まれているだろうが、そのぶん母は動かなくてはならない。

仕事も家事も育児もあり、わが子たちはまだ幼い。

生きねば…!と強く思う。

色々なものを駆使しながら、そして娘や息子の存在に救われながら強く生きる。

今回の妊娠期間について

お腹の子について、あまり書いてこなかった。

18週目あたりから25週目までは逆子で心配したが、現在は位置も戻り、日々順調に大きくなっている。

エコーで見れば、上の2人よりも心なしか頭蓋の形が丸い気がする。

母が寝るタイミングで、ドンドコ運動会を開始する。

本当に、元気が何より。

母、体調不良の記録 ※更新

今週月曜朝から明らかに体調不良のため、記録を残す。

12/09…吐き気とめまい、食欲不振。

12/10…猛烈な肩こりと、悪寒がスタート。とはいえ体温36.6度。

12/11…梅昆布茶しかうけつけない。昼過ぎになり少しお腹が空く。

12/12…日中の吐き気は弱めだが、肩凝りがえげつない。そして腸が完全に活動を休止しているのがわかる。

12/13…午前に食欲がある代わりに夕方からの強めの吐き気。肩凝りは相変わらず。呼吸が浅くなり、軽めの動悸がある。

年明けから…

安定して胃痛継続だが、ガストールで多少軽減。

1/1-ほぼ毎晩、就寝後に夕食の消化不良からくる腹痛で夜中に目を覚ます。

娘5歳、息子2歳。

お誕生おめでとう、世界で最も愛しき我が子たち。

生まれてきてくれてありがとう。

そして、今年は娘にとっても息子にとっても、人生で最も味気ない誕生日になったに違いないと思う。

息子、1週間ゆるやかな下痢が続き体調不良。

娘、アデノウイルス罹患(1週間目)。

父、アデノウイルス罹患(2週間目)。

母、トリプルワークによる出勤。

この一年で最も大切な日に、母は一体全体何をしておるかと言うと、11月から正社員登用となったのだが既に子らの看病で2週間ほど在宅が続くため本日はいよいよ休めなくなり今は通勤の道中である。

今年は、思えば色々ある。

娘はアデノウイルス2回、インフルエンザ1回、手足口病1回罹患。

息子はアデノウイルス2回、インフルエンザ1回、コロナ1回、手足口病1回。

とくにゴールデンウィーク以降は1ヶ月のうち2週間以上は体調を崩している。

母が専業主婦ならよかったと、何度思ったか知れない。

そうしないことで、げんに今日も寂しい思いをさせてしまっている。

リスケした遠出をどうか楽しみに待っていてほしい。

ただ、母の直感および現状敷いている準備の予測によれば、今年はこうした辛抱の1年だったが、来年から我が家は大きく環境が向上し、君たちも過ごしやすくなるはずだ。

いつか、あんな誕生日もあったねと思い出して笑えるように。

そして今年が君たちにとって健やかで幸福多き、素晴らしい1年になることを願い、ただ精進する。

義母が上京

もう2週間も近く前のことになるが、義母が週末に上京した。

娘は大喜びで、おばあちゃんおばあちゃんとひとときも離れずずっとくっついていた。

1日目は、会食で馴染みの焼き肉屋へ。

2日目は、義母が予約しておいてくれた「野菜塾」へ行った。

釣り堀、ミニモノレール、地産地消の野菜を使用したランチ、アットホームなガーデンテラスでのひとときなど、娘も息子も、初めての体験に楽しそうだった。

夜は地元の飲み屋で、子どもたちも食べられるメニューを頂いた。

3日目は、義母が以前の来訪以来再度行きたいと切望していたル・ブルターニュへ。

息子がイレギュラーが続いて多少焦れていたが、義母と二人で近場に散歩に行くなど、こちらも新鮮な時間を楽しんでいた。

近くに居ればもっと頻繁に顔を出せるが、我々は東京と岐阜なので年に数回の逢瀬になる。

こういう機会を大切にしていきたい。

(と、言いつつ今回は全て義母がアレンジしてくれ、任せた形となった。)