母(わたし)の婦人科検診結果

実は流産判明と同時に、子宮頸がん検診で「HSIL(高度扁平上皮内病変)を除外できない異形扁平上皮細胞」が発見されたため、精密検査になった。

今後いつか娘たちがここを見たときに、軽微なものもふくめた親族の症例というのは参考にもなるだろうから、この投稿をベースに検診結果を更新する形で追記していく。

①2024/2/14:第1回精密検査

エコー検査、触診を行った。

内容は以下の通り。

・子宮頚管粘液採取

・超音波検査(断層撮影法)(胸腹部)

(・細胞診 …レディースクリニックからの採取材料を提出)

医師曰はく、見たところ子宮内部は綺麗(?)で傷などもないとのこと。

次回検査と併せて今回の検査結果もヒアリング予定。

②2024/3/1:第2回精密検査「コルポスコピー」+第1回精密検査の結果ヒアリング

第1回精密検査の結果は以下の通り。

・臨床診断結果:子宮頸癌細胞診 ASC-H(標本適正:適正/移行帯:有/判定1:ASC-H)

・所見:〔子宮頚部〕変性所見が見られるが、中層~深層型の扁平上皮細胞に核腫大、核形不整、核クロマチン濃染を認める。HSILが疑われる。

・細胞成分量:子宮頚部 表層扁平上皮細胞1+、中層扁平上皮細胞2+、間質細胞内膜few、赤血球2+、好中球2+

コルポスコピーは、診察台で子宮頚部にあたる部分の肉片を採取して検査。

少しの痛みと不快感を伴うが、合計5分程度で終わった。

娘についてきてもらったが、わたしの右腕にしがみついて終始恐怖を訴えていた(すまん)…

前回の検査のより精緻化したものが、次回わかるらしい。

③2024/3/15:第2回精密検査「コルポスコピー」の結果ヒアリング

結果は以下の通り。

・臨床診断:CIN疑い* につき、3ヶ月後に再度検診が必要。

 *Cervical Intraepithelial Neoplasia:略してCIN、つまり子宮頸部異形成=子宮頸がんの前段階(前がん病変)

・病理組織学的診断:CIN2/HSIL, uterine cervix, biopsy

・所見:SCJ付近粘膜。重曹扁平上皮の下層2/3付近まで異型細胞の増殖が認められ、CIN2/HSIL。

以下は、もう少しかみ砕いた記述。

今回の診断はわかりやすく言えば、このまま悪化して放置すれば癌、ただし完治する可能性もあるというもの。

子宮頸がん検査の結果は大きく分けて「正常」、「異形成」、「がん」に分類され、異形成とは子宮頸部の細胞がHPVヒトパピローマウイルス:Human Papilloma Virus)というウイルス感染によって起こるが、「がん」とは違い悪性腫瘍ではない。

子宮頸部の細胞にはマクロファージというウイルスの侵入を監視する細胞が存在し、マクロファージと免疫細胞の連携によってHPVが排除されれば、細胞は正常な状態に戻ることができる。

異形成はさらに子宮頸部上皮内腫瘍(cervical intraepithelial neoplasia : CIN)という概念で、それぞれ「軽度」(CIN1)、「中等度」(CIN2)、「高度+上皮内がん」(CIN3)と3つに分類される。

CIN2の40%は1年~2年の間で自然消失し、20%は進行する。進行した先で数年~十数年で浸潤癌へと至る確率は、現在5%とされる。

参考:子宮頸部異形成 – 新横浜駅徒歩1分の婦人科 アイレディースクリニック新横浜

以下は、臨床サポートより引用。

疾患情報(疫学・病態) 

・子宮頸部上皮内腫瘍(cervical intraepithelial neoplasia、CIN)は、1966年にR.M.Richartにより子宮頸部の異形成~上皮内癌を連続した病変と捉える考え方からつけられた名称で、分化傾向の乏しい未熟細胞が重層扁平上皮の基底膜から表層に向かって広がる程度によりCIN1/2/3と3段階に分類される[1]。CIN1は軽度異形成、CIN2は中等度異形成、CIN3は高度異形成~上皮内癌に相当する。

・CINは、ヒトパピローマウイルス(human papillomavirus、HPV)の感染が密接に関与しており、CIN1はHPV感染の組織像、CIN2はHPV感染の範疇と腫瘍性変化を伴った細胞が混在した組織像、CIN3はHPV感染細胞が腫瘍細胞に移行し置換された組織像と考えてよい。

・子宮頸部の扁平上皮系前癌病変は、異形成、CINの3段階分類のほかに、臨床上の取り扱い(経過観察/治療)により2段階に分ける扁平上皮内病変(squamous intraepithelial lesion、SIL)の分類がある。LSIL(low grade SIL)はCIN1、HSIL(high grade SIL)はCIN2~CIN3に相当する。子宮頸癌取扱い規約 病理編 第4版(2017年)はSILとCINの併記を採用している(例:LSIL/CIN1、HSIL/CIN2、HSIL/CIN3)。

・CINは数年から十数年で浸潤癌に進展する。CINのgradeが高いほど浸潤癌に進展する(CIN1は1%、CIN2は5%、CIN3は>12%)[2]。
・組織診で確認されたCIN1は6カ月ごとに細胞診とコルポスコピーでフォローする。
・組織診で確認されたCIN2は3~6カ月ごとに細胞診とコルポスコピーを併用して厳重なフォローをする。
・CIN1/2の進展リスク評価のためにHPVタイピング検査を行うことができる。その場合、HPV16、18、31、33、35、45、52、58のいずれかが陽性の病変では進展リスクが高いので、それ以外のHPV陽性例あるいはHPV陰性例とは分けて管理することが勧められる[3]。
・CIN2は妊娠女性を除き、フォローで自然消退しない場合、本人の強い希望がある場合、継続的な受診が困難な場合やHPVタイピング検査でHPV16、18、31、33、35、45、52、58のいずれかが陽性の症例は選択的に治療することができる[3]。
・組織診で確認されたCIN3は治療する。
・妊婦のCINはフォローアップが原則で、どうしても浸潤癌が否定できない場合のみ診断的子宮頸部円錐切除が許される。
・妊婦のCIN3は細胞診、コルポスコピー、生検組織診で微小浸潤癌以上の病変の疑いのない場合は、分娩後まで円錐切除を延期することが可能である。
・妊婦のCIN3は、細胞診、コルポスコピー、生検組織診で微小浸潤癌以上の病変の疑いのある場合は円錐切除術が必要である。

参考:子宮頸部上皮内腫瘍(CIN) _ 今日の臨床サポート – 最新のエビデンスに基づいた二次文献データベース.疾患・症状情報

④2024/4/25:転院後再検査

イレギュラーだが、③までの病院は個人的にはあらゆる対応が遅く手違いも多かったため、子らを分娩した東京医大病院に転院した。

転院にあたっては③の病院からの紹介状を発行してもらい、コルポスコピーの結果を持参してゆく形だった。

担当医はレーザー治療施設のある浅草・佐々木医院の若い医師。

転院元の病院ではHPVタイピング検査は未実施だったため、こちらで実施してもらうことに。

今回コルポスコピーではなく細胞診で大丈夫とのこと。

結果はおよそ2週間後にヒアリング。

⑤2024/5/9:再検査結果ヒアリング

HPVタイピング検査の結果、ハイリスク型の18,39が見受けられたためレーザー治療を推奨された。

リスクにおいて18は2番目、39は6番目のウイルスにあたる。

これまでの研究で、子宮頸がんでは特殊な症例を除き、HPVの持続感染が原因で生じる異形成(前がん病変)を経てがん化することが明らかになってきました。HPVは現在100種類を超える型に分類されていますが、その全てが子宮頸がんの原因になるわけではありません。主に子宮頸がん発生に関連するHPVは13種類(16、18、31、33、35、39、45、51、52、56、58、59、68)であるとされハイリスク型と呼ばれています。

参考:ヒトパピローマウイルス(HPV)感染|KOMPAS

18型は特に変異リスクが高く、1年以内に癌に移行するケースもあるため早急に治療をとのことだった。

担当医の本所属病院である佐々木医院(先述)に紹介状を発行してもらい、次回レーザー治療を実施する運びに。

レーザー治療によって完治できるかどうかは不明で、経過によっては2度の治療が必要になる可能性もある。

また、治療を行ってもおそらくパートナーがウイルスを保持しているだろうから再感染となる可能性があり、それを予防する目的としてわたし側の子宮頸がんワクチン接種は推奨、および場合に依っては男性側にもワクチン治療も可能とのことだった。

ただ、治療後の経過によって後の対処は変わるため、追々の対処となる。

⑥2024/7/12:第1回レーザー治療実施

不正出血が続き、これまでに4回リスケを行った結果当日となった。

転院先の病院で日帰りでレーザー治療を実施。

以下は、配布された書類に記載の内容。

<手術の目的>

子宮頚部の細胞診・組織診で異型細胞(異型上皮)を認めた方に行う手術。この手術により、病変部位をCO2レーザーで焼灼し異型上皮の増殖をおさえる。

<麻酔方法>

麻酔を使用しない。

<手術方法>

子宮頚部をCO2レーザーで焼灼する。

焼灼断片からの出欠部位を確認し手術終了。

手術時間は約15分。

<起こりうる危険性・合併症>

1.出血:子宮頚部を焼灼後、血性の帯下が2か月間続くこともある。

2.感染症:焼灼部位(やけどと同じ)から細菌などで感染すると、発熱や腹痛の原因となることがある。感染予防として手術後に抗生剤を投与。

3.再燃率:HPVによる感染により発生した場合、現存からの再燃率が10%弱ある。

実際の手術手順と体感↓

1.コルポスコピーを実施し、その場で結果を観察。状況は変わりなく、同時にポリープ検査もしてもらい、腫瘍などはないことを確認。

異型については、想定よりも頚部の奥深くまで見られるため、なるべく開いた状態でレーザー治療を実施することに。レーザー前に麻酔目的で座薬を投与。

2.レーザー治療を実施した。

CO2レーザー中は光線が目に入ることを防ぐためゴーグル着用、および焼灼されたウイルスが飛散しそれを吸引することで咽頭がんリスクも高まるため、吸引設備を使用とのことだった。(この点は初めて知った)

子宮頚部は一般には痛みの感覚が鈍いと言われており、それゆえ麻酔不要に同意したが、強めの生理痛のような感覚を伴う手術であった。(婦人科系の診療全般にいえることだが、我慢できないほどではない不快感と、内臓をじわじわ弄られる鈍い痛みに近い)

自分の場合、頚部奥まで病変が見られたため「少し痛いので、きつかったら教えてください」と事前に断りがあり、術中も医師は何度も大丈夫かどうかを確認してくれ、治療後には「痛みに強いですね」と労ってくれた(個人的には痛みに強いというよりも痛みを今更訴えたところでどうしようもない&治療するのが最善のため耐えただけだった)

3.術後には止血処理を施され、以下を処方され帰宅。

・セフカペンピボキシル塩酸塩錠100mg「SW」 …4日分

・アドナ錠30mg …4日分

・トランサミン錠250mg …4日分

・ビフロキシン配合錠 …14日分

・チョコラA錠1万単位 10,000単位 14日分

1-3まで全体の所要時間は、間の待ち時間含め2時間程度だった。

⑦2024/7/19:レーザー治療の経過観察

自宅での術後経過メモ:術後2日間は出血なし、3日から焼灼後上皮がぽろぽろ排出される程度。その他は通常の不正出血のみ。

来院しての結果ヒアリング:再度問診があり、経過は良好とのこと。

傷の治りも通常より早く、不正出血以外の出欠はないため再度止血剤を投与するのみとなった。

次回は9月初旬に再度経過観察となる。

3度目の妊娠が終了した。

恐らく7週だった。

そして正確には妊娠確定もしておらず、終了すら未だ通院前なので推測にはなるが、もう生理1度分くらいの流血があったので、これでまだ卵が無事なら逆に恐ろしい。

久しぶりに1日中泣いたが、こちらには記録として残しておく。

妊娠発覚からの日常

妊娠に気付いたのは、1月の下旬だった。

家庭用検査薬で陽性となり、ただあまりにも自覚するかぎり週数が早かったので、通院には2週間待った。

2月1日に産婦人科に伺って、卵胞を確認。

おそらく5週目にあたり、発育速度としては問題なし。

2週間後に再度検診で心拍が確認できれば妊娠確定となるとのことだった。

3人目は、ずっと欲しいと思っていた。

個人的な「欲しい!」もあるが、上2人の子にも良いバランスをもたらすだろうと考えていた。

特に娘にとっては、良い影響があるだろう。

弟が来てからやはり寂しい思いをさせることは増えたし、あからさまに自分夫との2者択一の場面で両親を取られる感覚が根付いているようだが、同時に彼女の中に庇護欲が芽生え始めているのも感じていた。

だからこそ、「自分とは異なる小さな存在」が増えることで「自分」との存在の明確な境界線が引ける(気が楽になる)だろうと考えた。

弟は元々気も優しく、既に他人をいたわったり何かを与えたりができる子なので、下の子が来たらそれほどストレスなく、穏やかに仲良くやれるだろう。

なにより幸せな授かりものに、年度末までの計画を一気に変えた。

つわりがあまりにも軽く、娘の時が思い出されたし、女児だろうと確信した。

夫が、まだまだ早いけどと言って名前を決めてくれた。

「ゆきこ」と呼んだ。

3人目は2人目以上に手は割けなくなるだろうから、強い子になる。

そうでなければ生きていけない。

全力で守るから、がんばって育ってねという気持で準備に望んだ。

異常認知からの通院

6週目の終わりの木曜夜、おりものに少量の褐色血液が混ざるのを確認。

色が暗いため出血から時間がたっており、時期的にも着床出血(息子の時にもあった)だろうとそのまま経過観察。

だが、翌朝には鮮血とともに痛みが発生。

産婦人科に即連絡すると、三連休前ですし鮮血なら急いできてくださいと、予約なしで来院を許可してくださった。

診察台で中を見てもらい、「だいぶ出血量が多いですね…」と医師がつぶやくのを聞く。

「ここに赤ちゃん、いますね。」と見せてもらったのにほっとしつつ、胸がざわついた。

初期流産は、遺伝子の異常によるものが多く、卵が発育できないといった原因で流れてしまうのが主だという。

「卵は成長していますから、このまま流血がつづいて流れてしまうのを止める必要があります。」

「週末はご安静に。お出かけなどはやめて、なるべく横になってください」

とのことで、止血剤を処方されて帰宅した。

自宅療養

帰宅してから、痛みが一気に増した。

血液の量は、とどまることなく増え続けた。

下腹部におぼえのある痛みがあり、わたしは卵胞の映像を思い出していた。

大きくはなっていたが、心拍が目視できなかった。

本来の通院予定日までは5日ほどあったが、おそらく今日見て心拍が確認できるのではと思っていた。

生理痛に酷似していた。

不要になった子宮内膜を排出する痛み。

考えたくない、考えたくなかったが、頭をよぎる「もう亡くなっているのではないか」という予測で、帰宅した夫の前でわんわん泣いた。

生まれて初めて、ネガティブな予想が真実味を帯びすぎて、それを口に出してしまった。

その日は痛みと恐怖で起床できず、12時間ほど寝続けて夫が子どもたちの世話などすべてしてくれた。

薬の効果はまったくないように思われた。

なんども夢を見て、夢の中でも可愛い名前を呼んでいた。

夜中、翌朝にも出血量は増え、生理1日目くらいは出きったなというあたりで、血液に塊が混じり始めた。

あぁ、やはりか。

医師は、対処法のみで見通しを語らなかった。

あの時にもう亡くなっていたのだ。

母体特有の感覚というよりも幻想に近い者かもしれないが、胎内の意向が感じられるようだった。

異物を排除しようという強制的な痛み。

このあたりで、もう確信を得ていた。

ゆきこ、守ってあげられなくてごめんよ。

夫がまさにそう考えるであろうわたしの気持ちを先読みして、暖かい言葉をたくさんかけていたわってくれ、身勝手にもまた泣いた。

夕方あたり、前駆陣痛のときを思わせる生理より少し重めの痛みが襲ってきた。

同時に、何度か大きな塊が排出される感覚もあった。

それとともに、痛みは悲しいほどに落ち着いた。

実感的には、通院などもう必要ないように思う。(もちろん週明けにする)

今は後悔しかない。

卵胞が育っていたのなら、問題は母体にあったはず。

明らかに、わたしは1日安静にしている妊婦ではなかった。

妊娠がわかった時点で休暇を取るなど、できることがもっとあったかもしれない。

防寒にも、さらに念を入れるべきだった。

せめて、この経験を学びに変えて、次こそは計画的に進めようと思う。

夫が「一緒に生きて行きましょう。」と言って抱きしめてくれた。

ゆきこ、本当にごめんなさい。

お腹に来てくれてありがとう。

また、あなたのことを待っている。

2024年開始:昨年の振り返りと挨拶

謹賀新年。

昨年は(正確には誕生は2022年)息子が生まれ、ほにゃほにゃの赤ん坊から意思持った幼児にさしかかるまでの年月を駆け抜け、娘は健やかに大きく成長した1年だった。

わたしは、親としては娘のときと比較して、良い意味でも悪い意味でも余裕が出たように思う。

さぼっているのではないが、雑にはなった。

必然的に日中は人手が足りず、息子は娘の0歳児期ほどは構ってやれていない。

それでも娘が4月に登園を始め、ぐんぐんコミュニティでの生き方を習得し、11月には2人揃って大規模園へと転園。

事実上コロナによる自粛期間が明けたことで様々なサークルやならいごとなど集団での行事も復活し、娘の時期には開催されていなかった地域や幼稚園・スクールなどでの0歳児イベントに顔を出すこともできた。

娘の昨年の写真を見直すと、あどけなさが際立っていて泣けてくる。

今年1年、寂しい思いも沢山させただろう。

一時的に弟を嫌がったり嫉妬したり、赤ちゃん返りした時期もあったが、それでも優しく成長してくれた。

人と関わる機会が増えたことで、思い遣りの示し方も豊かに身に着けてくれたと感じる。

最近では、わたしが小さく「痛っ」とつぶやいた時など真っ先にかけよってきて様子を見に来たり、泣いている他所の子を慰めたり、友達のことはハグしたり親しさを示したりしている。

好きなものやコトも増えた。

アンパンマンはほぼ卒業し、恐竜やサメなどの大型動物は今も好み、図鑑を読んで欲しいとよくせがんでくれる。

お絵描きで個性的な色使いの絵を描いたり、ハサミを使って工作をしたり、料理を手伝ったり、自分のこだわりを持ちながら掃除片づけをしたりする。

最近では、幼児用タブレットのゲームにハマり、デザインや配置系のアプリを重点的に楽しんでいる。

弟は、近影でいうととにかく掃除機のように何でも良く食べる。

新生児期から変わらないのは、悪意や甘えのような、ダークでスイートな感情のなさ。

常に好奇心と食欲に全振りした行動動機で前のめりに動き、それに届くとうはははははははwwwと楽しそうに笑い、叶わないとなるとエシ!!!!!!と個性的な泣き声をあげる。

3月初旬に開始したヘルメット治療は無事完了し、相変わらず面長だが頭蓋骨のフォルムは整った。

特に教えているわけではないのに、型はめパズルができるようになっていたり、一人で絵本をめくって静かに読んでいたりする。

ずっと抱かれているよりも自分でズンズンどこへでも出向き冒険するのを好むが、部屋の中に居ると気付けばわたしや娘の足元に居る。

触れ合い遊びは、ずっと無邪気で心地よさそうに楽しむ。

ママ、マンマ~だけは7か月ごろから言うが、それ以外はまだ話さない。

こうまでして、2人の個性が異なるものかと思う。

病院で医師から言われた「女の子はめっちゃ大人。男の子はね、ずーっとお猿さん^^」という言葉を今も時々思い出す。

2人とも、元々内包する才覚は十分だと思われるので、これからもわたしがそれを潰さぬよう、注意してみて伸ばしていきたい。

ここまで読んでくれたもの好きが果たして居るのかどうかわからないが…最近時々、昔を思い出す。

4年以上前、わたしが好き勝手きままに生きていた頃や、その時代の交友関係のこと。

実はSNSでかつて使っていたアカウントを使わなくなり、年始の挨拶からも遠のいて居るのだが…怠っているのでも嫌いになったのでもない。

身を置かなくなったコミュニティにいつまでも顔を出すのはやめようと、自分なりに考えて決めた結果の今である。

わたし自身は、自覚する限りとくに変わっておらず、きっと街で出逢えば久しぶりに話がはずんだりもするのだろうが、今そういうことをする時期ではないな〜と、なんとなく、しかし確信をもって思う。

子らの存在によって確変的な幸福を得て、わたしの人生がそれまでとは異なる方向へと大きく舵をきったのは間違いない。

それでも友人らのことはずっと友人だと思っているし、大好きだと思った人達のことは今も大好きだ。

皆、末永く幸福で健やかで居て欲しい。

2024年も、良い年になりますように。

2024年も、こちらの記録は徒然とつけてゆく。

最近の悩み

夫のことは好きだし面白い人間だと思っているが、同じ物事に対する物事の感じ方が180度違うことで、子育てにおいて噛み合わない場面が時々ある。

夫はよく、わたしが息子(弟)を褒めたりする場面で「娘が可哀想」と言う。
夫自身は娘の前で決して息子を可愛いとは言わないし、褒めることもない。(思っていないのではなく、敢えて言わないようにしているらしい)
息子が生まれて、か弱きものにかかりきりになりがちなわたし自身のバイアスで、罪悪感からそういった夫の言動に居心地が悪いのかもしれないと思った時期もあったけれど、おそらく夫はこの傾向が強いと思う。

理解できないでもない。
自分に向けられるべきだった愛情が他人に向けられることへの不安や恐怖、寂しさ。
それを夫自身が感じるタイプだからこそ、娘の置かれる状況に対して反射的に「可哀想」と感じるのだろう。

夫とわたしとの物事の感じ方の大きな違いの一つに、他人の幸福(そうな様子)を喜ぶかどうかがある。
わたしは自覚するところによれば比較的うれしい方なのだが、夫はおそらくそうではないらしい。
夫自身の発言やふだんの様子からも、よくそれを感じる。(だから生きづらいだろうなとも…)

かつ、娘は大体において夫に性格が酷似している。
だから、夫の娘に対する「可哀想」は本当に辛い場面である可能性があるし、とくに初期などはそうだったかもしれない。
こういうことを理解したうえで、それでもわたしは娘にも息子にも隠さず愛情表現は行うのが良いのではないかと思っている。

成長して大人になった夫が今感じているようなことを大人になった娘が感じるとは限らず、親の接し方次第で、今の娘は大きく変容するだろう。
仮に似た精神構造を持っていたとしても幼少期からそのスタンスを植え付けなくても良いのではないかなと思うのだ。
夫自身の問題を勝手にあげつらって本人の了解も得ないのは多少不公平だが、他人の幸福を喜ばないというのは、幸福というものの総量が決まっていて、それを他人が受け取る分自分の受け取る分が減ると信じているからではないだろうか。
わたし自身が他人の幸福を喜ぶのは、シンプルにそれが自分の損に直結するとは思えないからにほかならない。
幸福は、既にあるところから貰ったり他人から受け取るものというよりも、自分自身でも創り出すことができて、さらに言えば、他人に幸福を与えることで自分自身が幸福になるようなものではないか。
綺麗ごとに思えるかもしれないが、突き詰めるとわたしはそう考えている節がある。

もちろんうちは長幼の序を重んじていて、何か順番を決めるときには、必ず姉からだ。
ご飯もお風呂も家を出る準備も、「先にお姉ちゃんね」と2人に伝え、そうしている。
ただ、2人が違う個体である以上、こういう理由から、褒めたり大好きだよと伝えたりといった愛情を感じさせる、その先の幸福を生むであろう言動については、わたしは2人に対して平等にしていきたい。
娘に、他人の幸福を見て不幸を感じるよりは、なんとなく嬉しい気持ちになるようになったら良いな、という、これもわたし自身のエゴであるし、夫の現在をある意味否定する結論でもあるのかもしれない。

現状として、娘は自己主張も我も強い方だけれど、時折優しさを見せてくれる。
息子のことも、今はせいぜい舎弟程度にしか思っていないかもしれないが、それでも可愛い存在として世話しよう、守ろうとしてくれているように見える。
一方でやはり寂しさもあって、わたしが弟のこと(大体生理的なイベント)にかかりきりになる時間が長いとつまらなそうに振る舞う時もあるし、おもちゃを貸してあげない、奪うといった言動に出る場面も。
総じて、娘は新しい存在にたいして順当にストレスを感じ(まったく感じないのも不自然だと思われる)、それを受け入れながら自分自身も変容し、より良く成長してきているのではないかなと思っている。

今後はどうだろう。

わたしの綺麗ごとだらけの実践が、娘を多少生きやすくしてくれたらうれしい。

ただ、何事も白黒ではない。

わたしのスタンスも完全無欠ではないし、夫とてそう。

良い具合にブレンドしながら、夫の感じるところによる夫の言動で、部分的にでも娘が救われることにも期待しているし、娘と息子2人にとっての生きやすさの素地を作れたらいいなと思っている。

昨年の夫と娘、わたしと息子

クリスマスディナー今年どうしようかと話していたら夫が

「去年elinが出産後の入院期間で不在だったとき、娘とお惣菜買いに行った店にしても良い?恥ずかしい話だけど初めて娘と二人きりで”生活”した期間で、勝手にすごい思い出深くて今も思い出すと涙出てくる…」と言い、泣き始めた。(びっくり)

息子は娘と誕生日が同じ。

さらに夫は3日違い。

元々は娘のためにケーキを、夫のために別の店でオードブルを予約しており、しかし娘の誕生日の朝に急遽わたしが破水したため、わたしだけが単身病院へ。

コロナで立会もかなわず、その日から突如夫と娘二人きりの生活がスタートした。

(一応、夫には正期産はいつ産気づくかわからないため即時有給取得+育休スタートできるよう頼んではあった。)

娘のケーキも、夫自身の誕生日ケーキも、夫と娘で取りに行き、2人でお祝いしてくれていた。

わたしも不器用でお祝い飾りはいつも散々だが、夫はさらに拍車をかけて不慣れかつ大変そうで、それでも精一杯やってくれていた。

娘はわたしが居ない中で心細いだろうに、夫の話をよく聞き、夫の頑張りも察してか、ニコニコ楽しそうに過ごしてくれていた。

それでも夜に「ママいつ帰ってくるの」と泣く日が何日もあった。

産院のベッドで新生児だった息子に癒やされながら、その様子を写真動画で伺い知って、2人が各々頑張っているのがヒシヒシと伝わってきて、寂しいやら愛おしいやらで毎晩泣けたのを思い出す。

夫もだが、娘はあの期間にかなり逞しくなってくれた。

ということで、某フレンチベーカリーを予約する。

近況

ご無沙汰しすぎ。

2月末、息子のお食い初めを無事敢行。

娘と同じホテルで、今回は義母、実父母は呼ばず(毎度呼びつけているため)我々親子だけで行った。

娘のときと口上が微妙に違っており、歯固めの石をいただいた。

9歳のころに神社へと返納しに行くものらしい。忘れないか心配(深刻)。

3月は、わたし的に驚異の通院回数11回で、子ども二人の検診、ワクチン、他の受診が重なった。

息子の頭蓋骨の歪みが深刻化し、斜頭症クラス4と診断。

3月16日よりおよそ半年間予定のヘルメット治療を開始した。

これまでも度々気になってきたが、医者に聞いても周りに聞いても「いずれ治るから大丈夫でしょう」という見立てが多く、調べてわたしが病院に連れて行ったら即紹介状を書かれ、現在に至る。

1ヶ月で頭囲が1センチ成長しており、成長が早い分修正も早く、既に効果が見え始めている。

今はよいのだが、夏の時期が気がかりで、ほぼインドアの生活になるだろうと予測。

そして4月3日(日付変わる前の本日)、娘は入園式。

もう可愛すぎて、感慨深すぎて言葉にならない。

とりあえず、娘と息子の人生にこれからも幸せが沢山ありますように。

夫の環境が変わり、またわたしのフルワンオペが確定したため、暫くはやはり忙しくなる。

こちらは親も子も、身体第一で健康に過ごせるように努力しよう。

娘が保育園で他の子に噛まれて負傷。

15分ほど冷やしたという傷が、迎えのときにはまだ腫れていて、可愛そうだった。

時々噛む幼児がいる、というのは聞いていたから、こういうこともあるのだなとも思いつつ、娘の心に傷が残らないことを願いたい。

本人はけろりとしているが…

(帰ってきた夫が傷を見るなり「かわいそうに…」と泣き始めて、いったん落ち込んでいたわたしの感情は驚きで塗り替えられた)

今週はお腹の張りが続いた。

昨日は固くなった腹の痛みで起床。

今日は昨日の腹帯が良くなかったかと思い巻かずに寝たら、朝はなんともなかったが起きてから(実際の位置はそこじゃないだろうが)もうずっと膀胱あたりに居る気がする。

常にお手洗いに行きたいけど、行っても何も出ない。

下の方に下ってしまっただろうか…

横になっていたら少し下腹部への圧迫感が落ち着いたが、本当にこれから安心できない時期に入ってしまうなと思う。

夫もわたしも結構、根暗というか、環境は違えどお天道様の元を大手を振って歩けることばかりではない人生だった。

だけど別々に形成されたパーソナリティの核・価値観のような部分が偶然似た形をしていて、今こうして楽しく暮らしているのは奇跡だよな、みたいなことを昨晩話していた。

そこから娘の将来にも話が及び、わたしはわたしの人生が好きだけど、娘にも同じようになって欲しいかと言われたらそれは違う、我々ふたりともマジョリティに興味を抱けない性質が強めだから、娘の選択を尊重するためにも、最初はなるべく広い世界を見せていきたいねというような話になった。

公に晒せば、もっと称賛されたり人を集める生き方の人というのは沢山いる。

わたしにはわたしから見た幸福しか評価することはできないから、後者の後者による主観的な魅力を知り得ない。

娘独自の喜びや幸せがどこに宿っているのかは、だから注意深く観察し続ける必要があると思った。