子どもたち用の クリスマスツリーの飾り付けを任せたら、ピンクや青でとんでもないチカチカする代物が出来上がった。
娘がトナカイになり、息子をサンタに仕立て上げてソリでクリスマスプレゼントを届けてくれるまで演っていた。
おやつの時間がきて、息子くんサンドイッチたべる?と聞いたら「息子くんじゃない、さんたさん!」と訂正されて笑ってしまった。
My little Sunshine, Star, Sweetie
子どもたち用の クリスマスツリーの飾り付けを任せたら、ピンクや青でとんでもないチカチカする代物が出来上がった。
娘がトナカイになり、息子をサンタに仕立て上げてソリでクリスマスプレゼントを届けてくれるまで演っていた。
おやつの時間がきて、息子くんサンドイッチたべる?と聞いたら「息子くんじゃない、さんたさん!」と訂正されて笑ってしまった。
本当に、たくさんの出来事が日々目まぐるしく起こっている。
更に、子どもたちの成長や悩みが細分化してきて、こうして残しておくのが難しい部分も増えてきた。
が、こういうものは気負わず気軽に続けていくのが良いとわかっている:)
■次女の成長
1か月ちょっとにして首が上がり始め、2か月4日が経った10月5日には、母の眼をじっと見てにこーーっと笑う。
日々時々刻々機嫌はよく、空腹と寂しさと眠気でのみ泣き、抱くとしっとりと落ち着き、一度寝付くとよく眠る。
大変健やかに、ニコニコ赤ちゃんらしい赤ちゃんを全うしている。
一度、9月6日~非菌性の髄膜炎で入院した時は心臓がつぶれる思いだったが、有難いことに後遺症もなく元気に過ごしている。
昨晩、泣く時もうはっきりと「まーま」と泣くので、夫が二度見していた。
正直に言うと、「可愛い」以外思うところがない。
■長男の成長
こちらも成長が著しい。
11月17日ごろから急激に発語が増えて安定し、自分の気持ちを細かく伝えられるようになってきた。
相変わらず頑固で自分のやりたいことを最後までやりきるまで折れないが、それは長所でもある。
勉強はからきしかと思いきや、鉛筆を手に取り家に転がっている迷路のワークを進めていたりもする。
パズルは、10ピース程度なら自分で完成させられる。
レゴは手慣れ、好きなものを作れる。
シール貼りも意外と好み、図形把握は不得手ではなさそう(ただ、手先は器用だが丁寧ではない)。
電車や車は相変わらず大好きで、なぜか最近鮫のキャラクターも好きらしい。
おやつを食べるとき、自分が食べるより先に「はい、これママにあげる」と手渡してくるような、無邪気なやさしさにあふれた3歳児である。
わたしが今最も”難しさ(悩みではなく物理的な難しさ)”を感じる子だが、これからも厳しくも優しく接したいと思う。
■長女の成長
長女は、この1年で本当に、幼児から大きく成長したと思う。
最も身近な他者としての母に、優しさを示す機会がものすごく増えた。
それ以外の子達に対しても、対人姿勢がずいぶんと丸く柔らかくなり、時間の過ごし方も穏やかになってきた。
弟とは血で血を洗う喧嘩に発展することもあるが、それでも概ね楽しく遊んでくれている。
「保育園で一番かわいい声はね、●●ちゃん。娘ちゃんも●●ちゃんみたいな声になりたいな~」「ママとネイル行きたいな~」等々、女子らしい?話題も増えてきて驚く。(世界で一番かわいい声は君のだが)
「娘ちゃん▲くんと結婚するんだ~!初めて指輪もらったの」と言われた時は焦ったが。
寝る前に世界で一番愛しているよと抱きしめると、「一番かわいい子はだぁれ?息子くんと娘ちゃん、どっちが一番愛してる?」と聞くので、どう答えようか悩んだ。
傍にいた夫が微笑みながら「3人ともうちの可愛い子ども達だよ。でも一つ確かなことはね、娘ちゃんは、一番長くママと居るんだよ。息子くんも次女ちゃんも生まれる前から、娘ちゃんはママと仲良し。だからこれからも仲良くしなね。」と言い、それを聞いて「なんか娘ちゃん、泣いちゃいそう…」と目を伏せるので抱きしめつつこちらが涙してしまった。
こういう場面から、夫に感謝する機会も増えている。
家族とは不思議で温かなものだ。
温かさを返せるよう、これからもことあるごとに子ども達を抱きしめていきたい。
新生児を家に迎え、今年の盆休みはとくに遠出しなかった。
とはいえ遊び盛りの娘や息子との束の間の夏休みにはなるわけで、色々近場のイベントや行事は詰め込んだ。
赤子の出生届提出、手持ち花火ミニパーティー、しゃぼん玉打ち上げ大会、娘とハンド&ネイルケア、横浜へドライブ、国立博物館来訪、自宅映画観賞会…どれもささやかなものだったが、やりたいことは尽きない。
親が子供の”体験を買う”ような機会を少し減らそうと決めたこともあり、サマースクールの類も今年は申し込まなかった。
食事は、これまで行ったことのなかったフランチャイズ系のレストランに出向き色々な発見があった。
スシローはリピートありだがしゃぶ葉は厳しそう、など…行くってみなくては気づけなかった発見であり、大変興味深かった。
子どもたちは、今のところ赤子のお世話(のヘルプ)に前向きでいてくれている。
娘は赤ちゃん返りした3年前とはまったく異なり「赤ちゃんかわい~!娘ちゃん女の子大好き!ミルクあげていい?」などと手伝ってくれ、母はひそかに泣いてしまう。
息子は、人生初の「嫉妬」のような感情も垣間見せつつ、基本的にはとても優しく自分のおもちゃを貸してくれるなどしてくれ、こちらも泣ける。
赤子を家に迎えて3日目にして息子初の「赤ちゃんだっこしないで…」が出たので、よく注意して様子を見たい。
とにかく、全員が幸せで生きられるよう母は全力でサポートする所存。
今週からはまた登園の日々だが、無理なく余裕を大切に頑張ろうと思う。
今年は、子どもたちとの距離感を考えなくてはならないと思う。
特に娘は、どんどん自律的で独立的になる。
そんな大切な時期にわたしは、自分の彼女への愛情と履き違えた執着めいた言動に、後から反省するような場面が多いように(最近特に)思う。
極端だが、愛玩するような接し方を捨てなくてはならない。
一人の人間としての成長(紆余曲折を含む)を少し距離を取って受け止めながら、冷静な愛で娘と接していきたいと思う。
冷静さを心細く思わせない為に、時々小手先の技も功を奏するかもしれない。
正月明けまでに、読む本もリストアップする。
息子に対しても基本娘と同様だが、まだ幼いのもあり人格的な尊重<成長を促す先達、の方が必要な場面も多いと予測する。
なんにせよ、息子はそもそもあまり干渉せずのスタイルなのでそれほど心配はしていない。
今年は本当に変化の多い、内容の濃い1年だった。
主に母がだが、それに伴って子ども達が受けた影響は大きい。
2人の性質に驚き、生活を通して編纂される性格の機微や成長に驚く日々だった。
これはずっと続くだろう。
今年に限って言えば、娘は、総じて色々な事が理解でき、わかるからこその可愛らしさといじらしさ。
息子は、暴れん坊だが気が優しくなんだかんだ精神的にもタフな安心感。
こういうものを多く感じられた。
なにより、体調面でのトラブルも尽きなかったものの、2人が五体満足で無事健康に年末を迎えられたのであるから、1年に感謝しかない。
ここに書ききれなかったことが、実はあまりにも多い。
日々の生活や成長の鮮やかさ、感情の機微なども本当はもっと書き留めておきたかった。
来年からは、こちらも昨年通りメモとして残したい。
子どもたちが、これからも健やかで幸福でありますように。
2024年よ、どうもありがとう。
お誕生おめでとう、世界で最も愛しき我が子たち。
生まれてきてくれてありがとう。
そして、今年は娘にとっても息子にとっても、人生で最も味気ない誕生日になったに違いないと思う。
息子、1週間ゆるやかな下痢が続き体調不良。
娘、アデノウイルス罹患(1週間目)。
父、アデノウイルス罹患(2週間目)。
母、トリプルワークによる出勤。
この一年で最も大切な日に、母は一体全体何をしておるかと言うと、11月から正社員登用となったのだが既に子らの看病で2週間ほど在宅が続くため本日はいよいよ休めなくなり今は通勤の道中である。
今年は、思えば色々ある。
娘はアデノウイルス2回、インフルエンザ1回、手足口病1回罹患。
息子はアデノウイルス2回、インフルエンザ1回、コロナ1回、手足口病1回。
とくにゴールデンウィーク以降は1ヶ月のうち2週間以上は体調を崩している。
母が専業主婦ならよかったと、何度思ったか知れない。
そうしないことで、げんに今日も寂しい思いをさせてしまっている。
リスケした遠出をどうか楽しみに待っていてほしい。
ただ、母の直感および現状敷いている準備の予測によれば、今年はこうした辛抱の1年だったが、来年から我が家は大きく環境が向上し、君たちも過ごしやすくなるはずだ。
いつか、あんな誕生日もあったねと思い出して笑えるように。
そして今年が君たちにとって健やかで幸福多き、素晴らしい1年になることを願い、ただ精進する。
少し遠くの、2年ほど前に娘と来た公園に、娘と息子と3人で足を延ばした。
最近隙あらばピクニックばかりしている。
大人はともかく子らにとって、夏は暑すぎて脳にとって危険、冬は寒すぎて呼吸器官にとって危険という認識なので、とにかく春と秋は可能な限り日光を求めて外で遊ばせる。
息子が先週木曜からアデノウイルスに罹患し右目が赤く充血し、平熱で活気はあるものの、目だけがいまいちなおらない。
とはいえずっと家の中に閉じ込めておくわけにもいかず、娘にも気の毒なのでということで予定を組んだ。夫が居ない時は大抵ベビーカーを使うが、今回はバスにも乗せようと抱っこ紐装着を想定し、前日からランチを仕込み、持ち物点検をし、晴れを願った。
晴れた。
出向けば、子らもわちゃわちゃなるためそれなりにてんやわんやであるしわたしも時々鬼軍曹のようになり、季節の趣を楽しむ暇などあまりないのだが、今日はとにかく気候が良かった。
・とにかく広い園内は、普通に散歩するだけで子どもたちにとっては冒険であるようだった。
最初に階段を上り、山を下り、川を渡り、アスレチックを楽しみ、ランチを取り、その後はまた山を登り頂上に辿り着き、一気にふもとまで下り、もう一度ゆるやかに上りながら遊具コーナーで遊び、雑木林に囲まれた長い遊歩道を歩き、途中でおやつを食べさせ、風が冷えてきたあたりでバス停に戻った。
バスでの移動を除いた合計時間はおよそ4時間程度だった。
・娘は、バスを降りてからずっと息子の手を繋いでくれていた。
最近アニメの『ペネロペ』シリーズにハマり、しとやかな言葉遣いを体得した娘。
穏やかに弟に語り掛けるものの、おかまいなしに走り出す息子に振り回されていた…
・園内は山や川もあり、手入れの施された山林のような過ごしやすさがあるが、それだけに幼児には注意も必要だった。
息子は季節をとわず水をみつけるやいなや飛び込もうとするため、後ろから猫の子どものように首根っこを掴んでコントロールした…
・アスレチックでは息子が他の子を威嚇し、玩具を使わせないようにしていて案外攻撃的であった。
これは常々思うのだが、息子は元来気が優しく、本人にストレスがかかっている状態の時以外は他者に穏やかに接する。
おそらく本日見た様子では、最近の家に閉じ込められがちな状況(療養ゆえ)や、園での迎えが遅くなる傾向が影響しているだろうと思う。
息子に寂しい思いをさせてはならないといつもながら反省する…
・娘は、ターザンロープのジャングルジムであっという間に夫よりも背の高い領域まで登り、安全に降りる術も体得しているようだった。
わたしの幼少期からは考えられぬほどの活発ぶりに感心してしまう。
・娘も娘で、めいっぱい遊びたい欲求が叶わない場面もあった。
わたしと追いかけっこがしたいと言うものの、他に大勢子どももいる中で息子を放っては置けないから今はできないよと伝えたのだが、直後に失踪。
血眼で探して叱ると、「だってママが追いかけてきてくれるかなって思ったんだもん…」と泣きそうになっていた。
心が痛い…でも本当に、はぐれたかと心臓が潰れる思いだった…
・大変なこともあったが、総じて2人がアクティブで楽しそうで、娘は自律的になっており、息子は自由で活発な様子を見られて学びが多かった。
黄色や赤に染まり切らない、ゆるやかな木々の色づきに心癒された連休最終日。
息子の8月後半から続いた風邪は、ちょうど4週間が過ぎた9月の23日ごろからようやく完治と言っても良い状態になった。
しかし10月3日からインフルエンザA型に罹患。
正確には、息子は10月3日、娘は6日から症状が出たものの、息子の第1回目の診断では滲出性中耳炎からの発熱とされ、娘発熱後の週明け7日に再度通院して検査⇒陽性と判明、そこから治療している。
娘は1日で熱が下がり、息子は解熱に7日かかり、ようやく本日から落ち着いてきた。
本当に、まっさら健康な状態で過ごせることの少ない子で可哀想になってくる。
あまりにも、娘と比べて風邪をひく頻度が高いのではないか。
娘が健康なのは当たり前ではないし、病気になる想定も勿論すべきだが、それにしても毎回息子から体調を崩す流れが安定しすぎていると感じる。
不正確な記述にはなるが、女性のほうが男性より遺伝子構造的にも丈夫(常態で健康かつ頑丈)なのではないかと思い始めている。
再生医療の分野においても、人IPS細胞培養が圧倒的に良好に進行するのは若い女性の細胞であるらしい。
まぁ余談にはなる…何が言いたいかと言うと、健やかかつタフに生きられるよう最大限のサポートをする前提で、病気をしても楽しく生きられるようもっと工夫してやらなくてはならない。
とはいえ療養は、わたしにとってはアンハッピーなことばかりではない。
ある意味皮肉だが、息子とここ半年の間で、一番長くスキンシップが取れているかもしれない。
寝入りは浅くなり、起きると即泣き、抱っこしない限り永遠に泣き止まない。
抱きあげるとあっさり泣き止み、わたしの胸にぴったりと耳をくっつけるようにして抱きしめてくる。
活発には遊びたがらず、常にわたしの傍にいたがる。
少し遊ぶとすぐ戻り抱っこ。
眠い時はぐずり、やはり抱くと落ち着き、肩に頭を乗せ始める。
うとうとなって布団に寝かせると添い寝をせがまれ、横になるとお腹か胸に頭をくっつくてそのまますぅっと寝入る。
元気な時は、ここで寝入らず遊び始めたり、発語は増えてからはしばらく話していたりするものだから、寝入りが穏やかなのはまず互いにとって助かる。
新生児期と同じくらいの頻度で寝かしつけしているが、そのおかげで抱っこが板につき、息子も抱かれやすい体勢や、抱っこしたままでの居心地よい位置を見つけているようで、重くなってきてはいるが、抱き方と抱かれ方が改めてこなれてきた。
さらに、呼ぶと(仕事を強制的に休んだ)母が「ちょっと待ってね」を言わず即来るのでうれしいようで、少し快復してきた今も何とはなくすぐに呼んでくる。
こういう距離感は、今の月齢の彼の心身にとって適切だろうと思う。
普段からここまで細やかに見て上げられたら良いのだがと申し訳なくもなる。
幸いなことに、息子は素直で優しく育ってきている。
これを機に、自立云々を促すよりも今はシンプルに「抱っこ」の機会を増やしても良いかもしれないと思っている。
とにかく、元気になってきてくれてよかった。
娘は、5日の終わりから6日にかけて一気に39度まで発熱し、解熱剤もきかずで焦ったものの、7日には解熱して遊び始めた。
息子だけが風邪をひき娘は問題なしというケースが多いため、今回も逃げ切れるかと思ったが、これはわたしの慢心が招いた惨禍ということで、本当に申し訳なかった。
娘の今の健康に胡坐をかくことのないよう、改めて食事や生活リズム、彼女を取り巻く環境の安全性の順守を徹底したい。
元気になってからは、日常からだが、本当に成熟が目覚ましく、絵を描いたり文字を学んだりネイルを塗ったりゲームをしたりと、思い思いに好きな事をして過ごしている。
「ママと一緒に遊びたい」をこんなにも素直に表してくれる彼女にわたしは一生感謝するのだろう。
貰った以上のものを返せるとは到底思えないのだが、どんな時も愛していると伝えていきたい。
もう2週間も近く前のことになるが、義母が週末に上京した。
娘は大喜びで、おばあちゃんおばあちゃんとひとときも離れずずっとくっついていた。
1日目は、会食で馴染みの焼き肉屋へ。
2日目は、義母が予約しておいてくれた「野菜塾」へ行った。
釣り堀、ミニモノレール、地産地消の野菜を使用したランチ、アットホームなガーデンテラスでのひとときなど、娘も息子も、初めての体験に楽しそうだった。
夜は地元の飲み屋で、子どもたちも食べられるメニューを頂いた。
3日目は、義母が以前の来訪以来再度行きたいと切望していたル・ブルターニュへ。
息子がイレギュラーが続いて多少焦れていたが、義母と二人で近場に散歩に行くなど、こちらも新鮮な時間を楽しんでいた。
近くに居ればもっと頻繁に顔を出せるが、我々は東京と岐阜なので年に数回の逢瀬になる。
こういう機会を大切にしていきたい。
(と、言いつつ今回は全て義母がアレンジしてくれ、任せた形となった。)
息子が珍しく、夜泣きらしい夜泣き。
というか、ここ数日時々あった。
そのたび水分補給させて再入眠させると穏やかにまた眠るが、昨晩は違った。
手渡したお茶をひっくり返し、いつも好んで飲むイオンドリンクも拒否。
こういう時はまず体調不良を疑い色々試すが、おそらくそうではなさそう。
泣き方が、それほど激しくはないのにどこか怒りに満ちている。
抱くと一旦暴れるが、やさしく包むように背中をトントンすると落ち着いてくる。
下ろそうとするとまた怒って泣く。
脳裏にちらつくのは「もういい加減にして」という言葉だった。
もちろんまだ息子はそんなふうに話せないし、そんな言葉を使うはずはない。
たけど、あぁここ数日の過ごし方から、堪忍袋の緒が切れたのだなぁとなんとなく思った。
我が家の方針は、基本的に長幼の序。
娘を先に着手させ、息子はその間待たせることも多い。
加えて、5月からは4時間前後の登園になり、娘のやりたがることを優先的に叶えてきた。
息子は、園でしていた遊びを途中で切り上げられる機会もあったかもしれない。
我が家でわたしが真っ先に思い至るのは昨日の砂場遊びで、元々娘が昔使っていたおもちゃ(大量にある)を持っていったが、息子にとっては帯に短し襷に長しの状態だったと推察する。
娘ほど高度な遊びはできないが、娘のペースに合わせて砂がどんどん形を変える。
ふだん、娘の方針に合わせるのは息子が案外それにも順応するからだが、昨日は少しつまらなさそうな、混乱と退屈の混じった顔になっていた。
とはいえ、わたしも一人で二人を見るため時間がくるとなだめて遊びを切り上げて帰宅する。
明らかに息子が疲れていたため、大好きな入浴も短時間で済ませた。
寝かしつけは娘が「抱きしめてよ!」となるので、息子にはいつも片腕しか触っていられない。
本人の中で「もうちょっと…」が溜まった結果の夜中の覚醒だったかもしれない。
別室につれていって、昨日娘が頑なに貸さなかった砂場のおもちゃの大きなジョウロを手渡すと、うれしそうに手にとって観察し始めた。
寝る前だったが、息子の好きなアイスを一緒に食べながら、好きなおもちゃを引っ張り出してきてしばらく2人で遊んだ。
ごめんね息子くんのやりたいことも沢山あったよね、次からはもうちょっとゆっくり遊ぼうね。と話すと、コクコク頷いていた。
息子は、娘のように常に自分をみて欲しがるタイプではないが、やることは極力中断させずに居ようと思わされた。