-
娘のクラスに保育参加。
前年同様発見があり、とてもよい経験となった。
まず、娘にはとても優しいお友達が多いということ。
娘を慕う子達が沢山いること。
トラブルもありつつ、なんとなく平和にやれているらしいこと。
意外と周りも娘も個人主義で、自由にのびのびと過ごせているらしいこと。
4歳児クラスで「女子」を感じたが、この1年で皆随分と「人間」として大きくなり思いやりや共感意識も発達したらしいこと。
4歳児クラスの時の保育参加の反省(他の子達まで可愛がろうとすることで娘が嫉妬)を踏まえ、今回は常に娘の傍で娘のやりたいことだけをやる日にした。
娘は終始ニコニコで、胸が締め付けられた。
もっと一緒に長く過ごしたかった…
そして、ランチの時間に2歳児クラスが公園から帰宅し、1人だけ全身泥まみれで顔まで真っ黒のままわふわふ〜と言いながら四つん這いで帰園した子が、息子であった。笑
-
最近また息子が「俺が…」期に入った。
「俺がやってあげるよ。俺んちでできるよ、だって俺さいきょうだから…」等とたどたどしく言っており、申し訳ないが可愛すぎて笑いが堪えられない…
-
娘、息子相手に健診ごっこで、脚気→喉→心肺→身長体重→視力→耳鼻科のチェックリストを手描きして仕上げていた。
絵がデフォルメまで上達しておりひたすら驚く。
-
3歳息子、絶賛人の話を聞かない期だが、意外とbroken record式の指示では3度目あたりで耳を傾けることがわかった。
面白いことだが、すべての指示を口調やリズムを変えず3たび繰り返すことになるため本当に壊れたレコードのようである。
今まさにやりたいことがあり、こちらの話が内容としては届かない状態であっても、実は1度目も2度目も聞いてはいるのだ。
面白いことである。
-
今週は育休前の引き継ぎもあり多忙が極まり、毎日子らの迎えが一番遅い時間になった。
延長をお願いすることも。
娘も息子も、まだまだ母親大好きで居てくれるだけに、もっと早く来てよ〜というリクエストを聞くたびつらくなる。
さらに、家で「ママお仕事しないで!こっち来て!息子くんさびしい!!!」と電話中に叫ぶ声が隣の部屋から聞こえてきたり、娘が「明日は早めのお迎えでき…ないよね〜?笑」と遠慮がちに頼んできたりと、応えてあげられないお願いごとが溜まってひっそりと半泣きになるなどした。
ごめんよ。
理由がどうであれ、必要であれ、子ども達に寂しい思いをさせるのが一番精神に苦痛をもたらす。
そして本日が最終日。
遅お迎えは最後の日と伝え、しっかりやりきって明日以降を皆で楽しもう。
-
お姉ちゃんのおもちゃを壊してしまった弟、「弟くんが触って壊したんでしょ!」と叱られて「え?ちがうよ?普通に壊れただけだよ?」とすっとぼけていて、ずいぶんと文法の使い分けが巧みになってきた…。
-
電話ごっこで話す時、母のなりきりに笑ってしまうやら恥ずかしいやらで、どちらさまですか〜?の問いに「む、むす め ちゃん で す け ど。。。」と声がしりすぼみになり、抱かれている父の肩に顔を埋めてしまう娘。
あまりの可愛さに、きっと走馬灯に見るだろうという景色の一つである。
-
娘が何度目かの「ママさぁ…ずっと生きてる?」と聞くので、ずっとじゃないけど、まだまだ生きるよと答えたらしばらく押し黙ったあと目を潤ませて「じゃあさ…死んじゃっても、娘ちゃんのことわすれない?」重ねて聞くのでもちろんだよと答えながらこちらも半分泣きそうになる。
忘れないしずっとずっと愛しているよ!と答えると、「娘ちゃんの名前もちゃんと覚えていてね」と笑顔で目尻に涙がツーっと流れてゆく。
あたりまえだよ、ずっとずっと大好きだよ!と抱きしめたら、「…星で会えるんだっけ」と小さく呟いていた。
何と答えれば良いのか、未だに正解に悩む。
この子の人生にはこれから山程のことがあり、幸福も悲しみもあるだろうが、我々親はずっとそばについては居られない。
この子が誰かを愛し、愛され、いつかこの寂しさや恐れさえも人生を生きるための一つの要素となりますように。
-
次女、離乳食がとても順調である。
上2人は椅子に座らせていたのだが、今回ながら育児になりがちなのもあり抱いて与えているが、何でもおいしそうに食べる。
お粥が好きそうで大変微笑ましい。
小松菜も、湯で上げたものをつぶして繊維を取れば普通にそのままパクパク食べる。
麦茶も子供用に淹れたものを少し薄めたものが好きらしく、グラスを手で持って口元に運ぶ素振りも見られる。
3人目はあっという間というがまさにその兆しがある。
どの瞬間も見逃さぬよう、しっかりと目に焼き付けて生きたい。
-
息子、あらゆる場面で「え、ちょっと待ってもっかい見せて?」「ねぇもっかいやってきていい?」を繰り返すので、5分で通り過ぎる道が30分かかっても進まない。
長女は呆れ顔だが、あなたにもこんな時期がたしかにあったのだと2倍愛おしい。
あらゆる物事を過程ではなく体験として舐め尽くす、本当に貴重な時期である。