子どもたちが疲れ切っている時、どちらも少し暴力的になる。
彼らはきっと、優しさを誰かから或いはどこかから貰わなくてはならない。
子どもとはそういう生き物だと思う。
だからわたしは、大人の事情によって大変だろうが疲れていようが、そういうことは無関係として、できる限り優しくありたい(もちろん完璧ではない)。
とりあえず、二人を抱きしめながら温かい風呂にでも入ろう〜
カテゴリー: 娘の話
「溜息」より少し長めの文章はこちらに残す。一応題名がある記事
コンビに行くけどどうする?と娘に尋ねたら、初めて「いかなーい、待ってる」ということで往復10分程度だったが留守番してもらった。
帰宅するとリビングで膝を抱えている。
ただいま、もしかして寂しかった?と尋ねたら「うん…やっぱり行けばよかったって思ってた…」と可愛すぎる声で言う。
大きくなったけど、あなたは永遠に可愛いわたしのプリンセス。
娘、以前までは息子が「見てみてー息子くんのこれ、いいでしょ!」と言うと「娘ちゃんだって●●持ってるもんね〜」と張り合っていたが、最近「へー、いいじゃんカッコいいね!」とニッコリ笑いながら褒めるようになっており、家庭内でもコミュニケーションの発達や家族間の距離感の複雑化を感じる。
怒涛のクリスマスイブと翌日を走りきった。
イブの日は早めに迎えに行き、お家でケーキ作り。
つまみ食いしまくる息子はしっかり目にいなされ、娘は飾り付けに熱中し、そうしているうちに夫が早めに帰宅し、クリスマスのディナー。
翌朝はサンタさんのプレゼント開封。
鉄板だが子ども達は楽しんでいたように見えた。
上の子2人は、昨日は着飾って保育園のクリスマスパーティーに出かけていった。
この子たちにとっては何もかもが一度きりの経験で、来年は来年の新しさがある。
娘も息子も、ようやく血で血を洗う喧嘩をしなくなってきたのでケーキ作りに踏み出せたのがありがたかった。
最近よく思うが、親自身がイベントを楽しむことは非常に大切である。
あれをさせてやりたい、ここに連れて行ってあげたい…こういうエゴがプレッシャーにかわり、自分は今怖い顔をしているなと思うことがあって反省する。
イベントごとでは、極力それがないように、何でも楽しみに変えて、子らが安心できる笑顔でいられる母でありたいものだ。
長女は、もちろん紛れもない愛しい我が娘であり”子ども”なのだが、我々の唯一の仲間であり親友だな。
という話を、夫と昨晩していた。
この話を娘にする必要はないし能動的に伝えることはないだろうが、書き留めるだけ留めておく。
我々は所謂授かり婚で、娘が居ない頃の2人はままごとのようだった。
彼女の存在がきっかけで我々は家族になり、激動の数年を生きた。
彼女を守ってきたつもりだが、この稚拙さを彼女に許されたことが、実はとても多いと思う。
というよりも、許さざるを得ない唯一の立場の者なのだ。
実際、下の子たちに優しさを示す機会も、娘が一番多い。
だから我々は、彼女をこれからも最も優先的かつ最も手厚く守らねばならない。
不仲になることも、あるかもしれないが、そうだとしてもいつでも最も先に帰ることのできる心安らげる場所で居続けたい。
育った時に掛ける言葉は本当に一つしかないだろう。
夫と何の迷いも議論もなく、すぐにこれと思い至る言葉である。
「ありがとう」
師走の恒
本当に、たくさんの出来事が日々目まぐるしく起こっている。
更に、子どもたちの成長や悩みが細分化してきて、こうして残しておくのが難しい部分も増えてきた。
が、こういうものは気負わず気軽に続けていくのが良いとわかっている:)
■次女の成長
1か月ちょっとにして首が上がり始め、2か月4日が経った10月5日には、母の眼をじっと見てにこーーっと笑う。
日々時々刻々機嫌はよく、空腹と寂しさと眠気でのみ泣き、抱くとしっとりと落ち着き、一度寝付くとよく眠る。
大変健やかに、ニコニコ赤ちゃんらしい赤ちゃんを全うしている。
一度、9月6日~非菌性の髄膜炎で入院した時は心臓がつぶれる思いだったが、有難いことに後遺症もなく元気に過ごしている。
昨晩、泣く時もうはっきりと「まーま」と泣くので、夫が二度見していた。
正直に言うと、「可愛い」以外思うところがない。
■長男の成長
こちらも成長が著しい。
11月17日ごろから急激に発語が増えて安定し、自分の気持ちを細かく伝えられるようになってきた。
相変わらず頑固で自分のやりたいことを最後までやりきるまで折れないが、それは長所でもある。
勉強はからきしかと思いきや、鉛筆を手に取り家に転がっている迷路のワークを進めていたりもする。
パズルは、10ピース程度なら自分で完成させられる。
レゴは手慣れ、好きなものを作れる。
シール貼りも意外と好み、図形把握は不得手ではなさそう(ただ、手先は器用だが丁寧ではない)。
電車や車は相変わらず大好きで、なぜか最近鮫のキャラクターも好きらしい。
おやつを食べるとき、自分が食べるより先に「はい、これママにあげる」と手渡してくるような、無邪気なやさしさにあふれた3歳児である。
わたしが今最も”難しさ(悩みではなく物理的な難しさ)”を感じる子だが、これからも厳しくも優しく接したいと思う。
■長女の成長
長女は、この1年で本当に、幼児から大きく成長したと思う。
最も身近な他者としての母に、優しさを示す機会がものすごく増えた。
それ以外の子達に対しても、対人姿勢がずいぶんと丸く柔らかくなり、時間の過ごし方も穏やかになってきた。
弟とは血で血を洗う喧嘩に発展することもあるが、それでも概ね楽しく遊んでくれている。
「保育園で一番かわいい声はね、●●ちゃん。娘ちゃんも●●ちゃんみたいな声になりたいな~」「ママとネイル行きたいな~」等々、女子らしい?話題も増えてきて驚く。(世界で一番かわいい声は君のだが)
「娘ちゃん▲くんと結婚するんだ~!初めて指輪もらったの」と言われた時は焦ったが。
寝る前に世界で一番愛しているよと抱きしめると、「一番かわいい子はだぁれ?息子くんと娘ちゃん、どっちが一番愛してる?」と聞くので、どう答えようか悩んだ。
傍にいた夫が微笑みながら「3人ともうちの可愛い子ども達だよ。でも一つ確かなことはね、娘ちゃんは、一番長くママと居るんだよ。息子くんも次女ちゃんも生まれる前から、娘ちゃんはママと仲良し。だからこれからも仲良くしなね。」と言い、それを聞いて「なんか娘ちゃん、泣いちゃいそう…」と目を伏せるので抱きしめつつこちらが涙してしまった。
こういう場面から、夫に感謝する機会も増えている。
家族とは不思議で温かなものだ。
温かさを返せるよう、これからもことあるごとに子ども達を抱きしめていきたい。
新生児を家に迎え、今年の盆休みはとくに遠出しなかった。
とはいえ遊び盛りの娘や息子との束の間の夏休みにはなるわけで、色々近場のイベントや行事は詰め込んだ。
赤子の出生届提出、手持ち花火ミニパーティー、しゃぼん玉打ち上げ大会、娘とハンド&ネイルケア、横浜へドライブ、国立博物館来訪、自宅映画観賞会…どれもささやかなものだったが、やりたいことは尽きない。
親が子供の”体験を買う”ような機会を少し減らそうと決めたこともあり、サマースクールの類も今年は申し込まなかった。
食事は、これまで行ったことのなかったフランチャイズ系のレストランに出向き色々な発見があった。
スシローはリピートありだがしゃぶ葉は厳しそう、など…行くってみなくては気づけなかった発見であり、大変興味深かった。
子どもたちは、今のところ赤子のお世話(のヘルプ)に前向きでいてくれている。
娘は赤ちゃん返りした3年前とはまったく異なり「赤ちゃんかわい~!娘ちゃん女の子大好き!ミルクあげていい?」などと手伝ってくれ、母はひそかに泣いてしまう。
息子は、人生初の「嫉妬」のような感情も垣間見せつつ、基本的にはとても優しく自分のおもちゃを貸してくれるなどしてくれ、こちらも泣ける。
赤子を家に迎えて3日目にして息子初の「赤ちゃんだっこしないで…」が出たので、よく注意して様子を見たい。
とにかく、全員が幸せで生きられるよう母は全力でサポートする所存。
今週からはまた登園の日々だが、無理なく余裕を大切に頑張ろうと思う。
娘を寝入りに抱きしめていたら「さっき(ママに)叱られて悲しかったの…」と泣き始め、訥々とその内容を話してくれてこちらも涙が出てしまった。
安全に係る場合や事故に繋がる場合以外極力優しく接しているつもりでも、まだまだこういうことがある。
子どもの話はどんな時も、最後まで急かすことなく聞こう。
明日も良い日でありますように。
新年の抱負
今年は、子どもたちとの距離感を考えなくてはならないと思う。
特に娘は、どんどん自律的で独立的になる。
そんな大切な時期にわたしは、自分の彼女への愛情と履き違えた執着めいた言動に、後から反省するような場面が多いように(最近特に)思う。
極端だが、愛玩するような接し方を捨てなくてはならない。
一人の人間としての成長(紆余曲折を含む)を少し距離を取って受け止めながら、冷静な愛で娘と接していきたいと思う。
冷静さを心細く思わせない為に、時々小手先の技も功を奏するかもしれない。
正月明けまでに、読む本もリストアップする。
息子に対しても基本娘と同様だが、まだ幼いのもあり人格的な尊重<成長を促す先達、の方が必要な場面も多いと予測する。
なんにせよ、息子はそもそもあまり干渉せずのスタイルなのでそれほど心配はしていない。
2024年〆
今年は本当に変化の多い、内容の濃い1年だった。
主に母がだが、それに伴って子ども達が受けた影響は大きい。
2人の性質に驚き、生活を通して編纂される性格の機微や成長に驚く日々だった。
これはずっと続くだろう。
今年に限って言えば、娘は、総じて色々な事が理解でき、わかるからこその可愛らしさといじらしさ。
息子は、暴れん坊だが気が優しくなんだかんだ精神的にもタフな安心感。
こういうものを多く感じられた。
なにより、体調面でのトラブルも尽きなかったものの、2人が五体満足で無事健康に年末を迎えられたのであるから、1年に感謝しかない。
ここに書ききれなかったことが、実はあまりにも多い。
日々の生活や成長の鮮やかさ、感情の機微なども本当はもっと書き留めておきたかった。
来年からは、こちらも昨年通りメモとして残したい。
子どもたちが、これからも健やかで幸福でありますように。
2024年よ、どうもありがとう。