昨日は冬至。
年に一度のゆず湯の日で、夫が得意先からもらってきた子どもの頭より大きな柚子を浮かべて湯を張った。
赤ちゃんを抱くように優しく抱きしめる娘と、異形の姿にビビり散らかす息子。
下の子は少し浸からせる程度だったが、季節の行事はやはり風情がある。
My little Sunshine, Star, Sweetie
昨日は冬至。
年に一度のゆず湯の日で、夫が得意先からもらってきた子どもの頭より大きな柚子を浮かべて湯を張った。
赤ちゃんを抱くように優しく抱きしめる娘と、異形の姿にビビり散らかす息子。
下の子は少し浸からせる程度だったが、季節の行事はやはり風情がある。
子どもたち用の クリスマスツリーの飾り付けを任せたら、ピンクや青でとんでもないチカチカする代物が出来上がった。
娘がトナカイになり、息子をサンタに仕立て上げてソリでクリスマスプレゼントを届けてくれるまで演っていた。
おやつの時間がきて、息子くんサンドイッチたべる?と聞いたら「息子くんじゃない、さんたさん!」と訂正されて笑ってしまった。
次女は本当によく笑う。
元来の性格というのもあるだろうが、わたしが感じるのはやはり、親の”慣れ”が恐れのなさを生み、それが我々の接し方に生きていることの影響である。
だからこそ、安全には特に気を配らなくてはならない。
三人とも、健康優良で大きな怪我なく大人になれるように。
長女は、もちろん紛れもない愛しい我が娘であり”子ども”なのだが、我々の唯一の仲間であり親友だな。
という話を、夫と昨晩していた。
この話を娘にする必要はないし能動的に伝えることはないだろうが、書き留めるだけ留めておく。
我々は所謂授かり婚で、娘が居ない頃の2人はままごとのようだった。
彼女の存在がきっかけで我々は家族になり、激動の数年を生きた。
彼女を守ってきたつもりだが、この稚拙さを彼女に許されたことが、実はとても多いと思う。
というよりも、許さざるを得ない唯一の立場の者なのだ。
実際、下の子たちに優しさを示す機会も、娘が一番多い。
だから我々は、彼女をこれからも最も優先的かつ最も手厚く守らねばならない。
不仲になることも、あるかもしれないが、そうだとしてもいつでも最も先に帰ることのできる心安らげる場所で居続けたい。
育った時に掛ける言葉は本当に一つしかないだろう。
夫と何の迷いも議論もなく、すぐにこれと思い至る言葉である。
「ありがとう」
最近、赤子のねかしつけでよく歌う曲のメモ↓
・こんこんこやまのこうさぎ ※某アニメで流れる子守唄だが、メロディも長さもちょうどよい
・大塚愛「黒毛和牛上塩タン焼680円」 ※歌いやすい
・たき火 ※童謡
・うさぎ うさぎ ※童謡
・Jason Mraz “Better with you” ※英語が平易でシンプルなので聞かせやすい
気が向けば歌が口を突いて出るようによく歌う母で、子守唄のレパートリーには正直苦労しない…
本当に、たくさんの出来事が日々目まぐるしく起こっている。
更に、子どもたちの成長や悩みが細分化してきて、こうして残しておくのが難しい部分も増えてきた。
が、こういうものは気負わず気軽に続けていくのが良いとわかっている:)
■次女の成長
1か月ちょっとにして首が上がり始め、2か月4日が経った10月5日には、母の眼をじっと見てにこーーっと笑う。
日々時々刻々機嫌はよく、空腹と寂しさと眠気でのみ泣き、抱くとしっとりと落ち着き、一度寝付くとよく眠る。
大変健やかに、ニコニコ赤ちゃんらしい赤ちゃんを全うしている。
一度、9月6日~非菌性の髄膜炎で入院した時は心臓がつぶれる思いだったが、有難いことに後遺症もなく元気に過ごしている。
昨晩、泣く時もうはっきりと「まーま」と泣くので、夫が二度見していた。
正直に言うと、「可愛い」以外思うところがない。
■長男の成長
こちらも成長が著しい。
11月17日ごろから急激に発語が増えて安定し、自分の気持ちを細かく伝えられるようになってきた。
相変わらず頑固で自分のやりたいことを最後までやりきるまで折れないが、それは長所でもある。
勉強はからきしかと思いきや、鉛筆を手に取り家に転がっている迷路のワークを進めていたりもする。
パズルは、10ピース程度なら自分で完成させられる。
レゴは手慣れ、好きなものを作れる。
シール貼りも意外と好み、図形把握は不得手ではなさそう(ただ、手先は器用だが丁寧ではない)。
電車や車は相変わらず大好きで、なぜか最近鮫のキャラクターも好きらしい。
おやつを食べるとき、自分が食べるより先に「はい、これママにあげる」と手渡してくるような、無邪気なやさしさにあふれた3歳児である。
わたしが今最も”難しさ(悩みではなく物理的な難しさ)”を感じる子だが、これからも厳しくも優しく接したいと思う。
■長女の成長
長女は、この1年で本当に、幼児から大きく成長したと思う。
最も身近な他者としての母に、優しさを示す機会がものすごく増えた。
それ以外の子達に対しても、対人姿勢がずいぶんと丸く柔らかくなり、時間の過ごし方も穏やかになってきた。
弟とは血で血を洗う喧嘩に発展することもあるが、それでも概ね楽しく遊んでくれている。
「保育園で一番かわいい声はね、●●ちゃん。娘ちゃんも●●ちゃんみたいな声になりたいな~」「ママとネイル行きたいな~」等々、女子らしい?話題も増えてきて驚く。(世界で一番かわいい声は君のだが)
「娘ちゃん▲くんと結婚するんだ~!初めて指輪もらったの」と言われた時は焦ったが。
寝る前に世界で一番愛しているよと抱きしめると、「一番かわいい子はだぁれ?息子くんと娘ちゃん、どっちが一番愛してる?」と聞くので、どう答えようか悩んだ。
傍にいた夫が微笑みながら「3人ともうちの可愛い子ども達だよ。でも一つ確かなことはね、娘ちゃんは、一番長くママと居るんだよ。息子くんも次女ちゃんも生まれる前から、娘ちゃんはママと仲良し。だからこれからも仲良くしなね。」と言い、それを聞いて「なんか娘ちゃん、泣いちゃいそう…」と目を伏せるので抱きしめつつこちらが涙してしまった。
こういう場面から、夫に感謝する機会も増えている。
家族とは不思議で温かなものだ。
温かさを返せるよう、これからもことあるごとに子ども達を抱きしめていきたい。
2年弱が経ち、漸く水子供養に行ってきた。
次女が生まれる前年の冬に胎嚢が確認でき、だが9週で流れて生まれることが叶わなかった子。
長女が生まれたばかりの頃は、一人っ子で良いと思っていた。
やがて自分達はやがて老いるからと、きょうだいという存在の夢を描いて長男が誕生。
長男が話し始める頃には、我が家はおそらく”子ども3人”が最も平和にバランスを取れるだろうと考え、3人目を望む。
どの子も懐妊はギフトに近かったが、この3人目の流産からわたしはずいぶん”切望”したと思う。
流産したことがきっかけで子宮の異変に気付くことができた点でも、一つ大きく感謝しなくてはいけない。
何より、今の次女が居るのはこの子のお蔭である。
9週で出てきた姿をずっとずっと手放せず、そして次女の誕生までは弔い行事は避けようと今日まで来たが、漸く。
西浅草にある壽仙院で供養の儀:読経して卒塔婆建立まで行っていただいた。
戒名は「妙幸水子霊位」。
かわいらしいお戒名をおつけします、とお話いただいたのだが、相談過程で「お名前が決まっていたのでしたらそちらから一文字をお借りしましょう」とご提案いただいた形だった。
決して信心深いほうではない夫が、ご住職の説法に涙を浮かべていた。
最も世話になった友人も参列してくれ、子ども達も静かに聞けてよかった。
わたしの心持は、ただただ穏やかで安堵している。
伝えたいことがあるとすれば、やはり感謝のみ。
どうか安らかに眠ってもらいたい。
寺院には定期的に伺うだろうから、次のお供え物を考えておく。
新生児を家に迎え、今年の盆休みはとくに遠出しなかった。
とはいえ遊び盛りの娘や息子との束の間の夏休みにはなるわけで、色々近場のイベントや行事は詰め込んだ。
赤子の出生届提出、手持ち花火ミニパーティー、しゃぼん玉打ち上げ大会、娘とハンド&ネイルケア、横浜へドライブ、国立博物館来訪、自宅映画観賞会…どれもささやかなものだったが、やりたいことは尽きない。
親が子供の”体験を買う”ような機会を少し減らそうと決めたこともあり、サマースクールの類も今年は申し込まなかった。
食事は、これまで行ったことのなかったフランチャイズ系のレストランに出向き色々な発見があった。
スシローはリピートありだがしゃぶ葉は厳しそう、など…行くってみなくては気づけなかった発見であり、大変興味深かった。
子どもたちは、今のところ赤子のお世話(のヘルプ)に前向きでいてくれている。
娘は赤ちゃん返りした3年前とはまったく異なり「赤ちゃんかわい~!娘ちゃん女の子大好き!ミルクあげていい?」などと手伝ってくれ、母はひそかに泣いてしまう。
息子は、人生初の「嫉妬」のような感情も垣間見せつつ、基本的にはとても優しく自分のおもちゃを貸してくれるなどしてくれ、こちらも泣ける。
赤子を家に迎えて3日目にして息子初の「赤ちゃんだっこしないで…」が出たので、よく注意して様子を見たい。
とにかく、全員が幸せで生きられるよう母は全力でサポートする所存。
今週からはまた登園の日々だが、無理なく余裕を大切に頑張ろうと思う。
8月1日に、第3子が無事誕生した。
3224グラムの元気な女の子。
当日の朝は、13回目の妊婦検診であった。
1日中前駆陣痛が続き、そろそろ生みたいですと助産師さんに弱音を吐いた日の夜、いつも通りの1日を過ごし、娘の習い事も行き、家族で夕食をとり終わった直後あたり、プチっと音がして瞬間的に破水を悟る。
速やかに病院にタクシーで移動。夫がすべての処理を担ってくれ、子どももつれて産院まで同行してくれる。
タクシーの中でもだえ苦しむ母を見て、娘が「赤ちゃん生む人ってこんな風になっちゃうの!?こわいんだけど…」と怯えていたのを覚えている。
移動中に泉のように羊水が零れ落ちてバスタオル2枚をだめにし、病院についてからは車椅子で移動。(息子の時のようにエントランスがびしゃびしゃ、ということはなかった)
いきむ直前まで割と落ち着いているほうだったが、分娩台に上がる前の着替えは助産師さん達総出になる(申し訳ない)。
夫と子ども達が病院の1階で待機する中分娩開始。
いざいきむと2度ほどで、本当におどろくほどスムーズに頭がするりと出てきて無事、嫡出。
時刻は22時●分、陣痛から分娩まで驚異の42分間だった。
胎盤もつつがなく排出し、事後の止血処理のみ少し時間がかかっていたようだったが、総じて調安産だったと言える。
スピードが速すぎて赤子が一時チアノーゼになったが、助産師さん2人がかりでたたいたり吸引したりでなんとか泣き声が聞こえたときは心底ほっとした。
出てきた子の、あまりの長女との激似ぶりに衝撃をうけつつ、この手に抱く。
赤子との邂逅から2時間ほど分娩台の上で休息し、病室へ向かった。
1日目:出産。上述の通り。
2日目:悪露で1日死ぬ。子宮の中の血を掻き出す処置は出産よりも辛く、産院に来て初めて泣く…
3日目:急激に回復、夜は母子同室、初めての夜泣きで歌を20曲くらい歌う。
4日目:穏やかな1日。夜間頻回授乳により母乳が復活。
5日目:胸の張りで1日死ぬ。夜は地獄の搾乳で2度目の落涙…
6日目:退院
正直、今回の妊娠期間では、子ども本人にかけられる心理的・物理的リソースが最も不足していたと思う。
思いを馳せるということがほとんどできていなかったのだが…
いざ対面すると、そのあまりの可愛さに涙が止まらなくなる。
赤子(今後次女と呼ぶ)は、どことなくうさぎに似た容貌をしていると思う。
爆誕直後は姉に似ていたが、毎日顔が変わる。
2日目は弟に、翌日からは少し母にも似ていると感じることがある。
声は、質としては細めだがボリュームは大きく、少し鼻腔が狭いのか吸うときにひゅっと風のような音が鳴り、「ンア~」系の泣き方になる。
夫曰はく、「3人の中でダントツにあなたに似ている」とのことだった。
自宅に帰ってきてからは、上の二人よりもさらににぎやかな日常を過ごしていると思う。
二人きりの時は常に母が抱っこしていられるが、きょうだいが帰ってくるとそうもいかない。
声をかけられたり、抱っこの取り合いになったりミルクの取り合いになったりする中、きょろきょろ目を動かしながら環境の変化を全身で体験しているようである。
母が抱くのはよくわかるようで、リビングで火が付いたように泣いていても、わたしが抱き上げて揺らしながら腰をトントンすると白目をむいて寝始めたりする。
日中、帰宅後2日程度はおとなしかったのだが、以降は基本的に抱っこでしか寝ない、だが抱いているとすべからくおとなしくすやすや寝る。
夜泣きも、まだほとんどしない。
座って抱いたまま一晩穏やかに過ごせる程度の、本当に新生児らしい控えめな主張の通し方である。
我が家ではこれで家族計画を一区切りつける予定だから、あらゆる瞬間を最後のものとして楽しませていただく…(それだけに時々涙が止まらなくなる)
寝顔は、どこか観音菩薩に似た徳の高そうな風貌である。
人生始まったばかり、目いっぱい色んなことを経験して、幸せに生きろ。
妊婦健診第12回目。
子宮口が2センチ開いているのでもうすぐだろうとのこと。
とはいえ予定日が8/3なのでギリギリではある。
ここまで持ちこたえるのは初めてだ。
娘は37週、息子は38週で生まれた。
出産が軽い方だとは思っているが、今回はすでに上の二人より200−300グラム大きい。
大きく構えつつ、用心したい…