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娘が初めてハマった知育玩具が遂に壊れた。
電池を入れてもうんともすんとも言わず、乳児を狂喜させた笑顔が切ない。
お前のことは生涯忘れないだろう…
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息子、常に機嫌よくて素晴らしい。
寝起きと寝入りだけ号泣なのも情けなくて狂おしい。
ハグや手拍子、バイバイはこなれて、それでもまだ愛情表現にはくすぐったそうに笑う。
ずっとずっと大好きだよ。
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娘の新しいリュックはBECKMANにした。
安全と機能性第一。
ダスティピンクのような落ち着いた愛らしさで、とても良く似合っていてうれしい。
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帰り道に癇癪を起こした娘が「ままぁ!(# ゚Д゚)」
とがなるのでなぁにと答えたら
「大好きよ!!!!!」
だそうで、申し訳ないけど笑ってしまった。
わたしのほうが百億倍大好きよ。
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娘に自分でリュックを背負わせるようにしたとたん、
歩きたくない保育園行かないもう靴全部捨てる!
と言い始めて極端すぎて笑ってしまった。
生きることは、楽しい鍛錬だ。
ママがおるよ。
楽しく生きられるように身体のタフさもちょっとずつ身に着けようなぁ…
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息子が便秘気味だ。
日頃快便で、多いときには日に4回出ることもあるくらいなので心配だが、一応、昨日園では普通便が普通量でたとのことなので、いつも通り登園させる。
娘は虫刺されがまだ赤みを帯びている。
薬は、本人も塗ってほしいらしく、ちゃんと寝る前にリクエストしてくる。
2人共ちょっと不調、ギリ通常営業。
全快になりますように。
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娘ともっと「遊ぶ」時間を作ろうと、行き帰りに散歩や公園巡りの時間を設けることにした。
一喜一憂するわけではないが、合計話数が多いと癇癪を起こす機会が減るわけではなくとも割合として低く抑えられ、本人の自覚するところにおいて穏やかに過ごせている気がする。
機会が増えるぶんトラブルやヒヤリハットも、まぁ増える。
怒ることは決してしないが、やはりだめなことはだめだと気長に諭すことに。
娘は今も駄々をこねて泣くことがあるが、言い訳や反論がやはり発達・複雑化してきた。
大きくなってきたなぁ。
ちなみに今朝は、娘のリクエストで少し早めに出て砂場で遊んでから登園しようとすると、切り上げるタイミングで今日はママと1日遊びたいと泣き始めた。
愛おしすぎるが、塩梅はいつだって難しい。
保育園に着けば当然、楽しく遊べているようだ。
こんな時娘の手を取り優しく集団に引き入れてくれる保育士さん達には、頭が上がらない。
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息子、話しかけると今にも返事しそうな豊かな表情で熱心に耳を傾け、無言またはエヘヘェ…と笑い返してくるだけなの可愛すぎる。
わかるよわかるよ。
とりあえず、生まれてきてくれてありがとね。
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息子の頭髪、くせ毛で薄くて生え方がどこかまばらなので、完全に実父の家系だなとわかりやすい。
一部だけ長かったりする不揃いな後ろ髪を揃えたら坊っちゃんになった。
かわいいね。
かわいいねぇ…
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子どもの”悪態”をどこまでスルーするか
娘の最近の言動で、いわゆる”悪態”(あまり意味はないが、ネガティブな意思表明や攻撃的な感情の表出など)が増えてきたなと思うことが多く、それに対してどのように対応するのが良いかを非常に悩んでいる。
「も~面倒くさいなぁ!」
「弟うるさい!」
「黙れって言ってんでしょ!」
「あっちいけ!」
明らかに、家庭内で誰も使わない言葉なので保育園やメディアで触れてきた言葉だと思うのだが、こういうのをどこまで気にするべきだろうか。
本人が本音で思っているとしたらそれもそれで仕方ないが、おそらくそうではないケースも多い。
なぜそう思ったの・言ったの?と尋ねて本人の気持ちをより詳しく自白してもらうと、結局「ママともっと遊びたかった…」「お気に入りのおもちゃを取られるのが嫌だった…」のような、いわゆる当然の気持ちに辿り着くことも。
あるいは、「娘ちゃん喧嘩したいの!」と言うなんとも闘争的な表明に帰結することもあり、対応(そもそもこちらで”対応”が必要なのか?ということ自体をふくむ)に悩んでいる。
今は一つ一つの言語表現を咎めたり訂正させるより、一旦やんわりとそういう言い方は悲しいと伝えつつ、本人の気持ちを他で代弁する表現を探すことが必要だと思っているけど…正直、正解がわからない。
本人の動かし得ぬ性質として”ある程度の攻撃性”があるとしたら、こうしたことを親が諭し続けることが、無為なストレスとなるだろうか。
むしろ親はあまりこういう点にこだわらず、親以外の他者によるフィードバックで学んでもらう方が良いだろうか。