長女は、もちろん紛れもない愛しい我が娘であり”子ども”なのだが、我々の唯一の仲間であり親友だな。
という話を、夫と昨晩していた。
この話を娘にする必要はないし能動的に伝えることはないだろうが、書き留めるだけ留めておく。
我々は所謂授かり婚で、娘が居ない頃の2人はままごとのようだった。
彼女の存在がきっかけで我々は家族になり、激動の数年を生きた。
彼女を守ってきたつもりだが、この稚拙さを彼女に許されたことが、実はとても多いと思う。
というよりも、許さざるを得ない唯一の立場の者なのだ。
実際、下の子たちに優しさを示す機会も、娘が一番多い。
だから我々は、彼女をこれからも最も優先的かつ最も手厚く守らねばならない。
不仲になることも、あるかもしれないが、そうだとしてもいつでも最も先に帰ることのできる心安らげる場所で居続けたい。
育った時に掛ける言葉は本当に一つしかないだろう。
夫と何の迷いも議論もなく、すぐにこれと思い至る言葉である。
「ありがとう」