娘の成長の一コマ一コマが愛おしくて時々ハッとなる。
今日は公園遊びで、初めて自分で蝶を捕まえた。
すぐ死んでしまうだろうから離してあげたら?と一度は言ったものの「やだおうちで飼う!」と、留まれる用の草花持ってきたジップロックに入れて大切そうに持ち帰る様子が微笑ましかった。
蝶はやはり、すぐに活気がなくなり、羽も一部欠けた。
家に帰っても、大きなかごはないため、ダンゴムシ用の既存の虫かごに一時的に入れることにした。
餌を準備し、「娘ちゃんがやる!」と意気こむ娘と2人で移し替える。
シロツメクサにとまった蝶を、草ごと入れると、ずっと静かにしていた。
あまりにも動かないため、そのまま小屋の中に手を入れ、蜜を移動させたり、他の子が元気かどうかを確かめていた。
娘が蓋を閉めようとした瞬間、蝶がひらりと舞い出た。
そのまま数回羽ばたき、一気にベランダの外に逃げていった。
娘は呆然となったが、すぐにプクッと頰を膨らませ小屋に背を向けてベランダの端までずんずん歩いていった。
それから少し涙ぐんだ目で振り返りこう言った。
「でも…ちゃんと飛べてよかったね」
そうだね、でも娘ちゃんちょうちょさんいなくなっちゃって残念だったかなと声を掛けたのだが
「うん、さびしい…でも娘ちゃん大事に持って帰ったから、ママ羽が欠けちゃうと飛べないよって言ってたけど、ちょっと欠けてても飛べてたでしょ…?娘ちゃん安心した…」
と言い、少し前と比べて気の持ちようまで成長したなぁと驚いた。
怒りや悲しみに飲まれて冷静な思考を欠けばこのように発言自体出てこないだろうから、それだけ自分の中の感情を制御したり整理したりが上手くなったのだと思う。
優しいねぇすごいね、きっと蝶々さん元気に生きられると思うよ。また会えると良いねとたくさん抱きしめて、その後別の生き物の世話に付き合ってもらったら、いつのまにか朗らかな笑顔が戻っていた。
娘自身は悲しい思いをしたかもしれないが、悲しみは人生につきものだから、一つの成長過程としてひそかに感動を覚えた出来事だった。