3度目の妊娠が終了した。

恐らく7週だった。

そして正確には妊娠確定もしておらず、終了すら未だ通院前なので推測にはなるが、もう生理1度分くらいの流血があったので、これでまだ卵が無事なら逆に恐ろしい。

久しぶりに1日中泣いたが、こちらには記録として残しておく。

妊娠発覚からの日常

妊娠に気付いたのは、1月の下旬だった。

家庭用検査薬で陽性となり、ただあまりにも自覚するかぎり週数が早かったので、通院には2週間待った。

2月1日に産婦人科に伺って、卵胞を確認。

おそらく5週目にあたり、発育速度としては問題なし。

2週間後に再度検診で心拍が確認できれば妊娠確定となるとのことだった。

3人目は、ずっと欲しいと思っていた。

個人的な「欲しい!」もあるが、上2人の子にも良いバランスをもたらすだろうと考えていた。

特に娘にとっては、良い影響があるだろう。

弟が来てからやはり寂しい思いをさせることは増えたし、あからさまに自分夫との2者択一の場面で両親を取られる感覚が根付いているようだが、同時に彼女の中に庇護欲が芽生え始めているのも感じていた。

だからこそ、「自分とは異なる小さな存在」が増えることで「自分」との存在の明確な境界線が引ける(気が楽になる)だろうと考えた。

弟は元々気も優しく、既に他人をいたわったり何かを与えたりができる子なので、下の子が来たらそれほどストレスなく、穏やかに仲良くやれるだろう。

なにより幸せな授かりものに、年度末までの計画を一気に変えた。

つわりがあまりにも軽く、娘の時が思い出されたし、女児だろうと確信した。

夫が、まだまだ早いけどと言って名前を決めてくれた。

「ゆきこ」と呼んだ。

3人目は2人目以上に手は割けなくなるだろうから、強い子になる。

そうでなければ生きていけない。

全力で守るから、がんばって育ってねという気持で準備に望んだ。

異常認知からの通院

6週目の終わりの木曜夜、おりものに少量の褐色血液が混ざるのを確認。

色が暗いため出血から時間がたっており、時期的にも着床出血(息子の時にもあった)だろうとそのまま経過観察。

だが、翌朝には鮮血とともに痛みが発生。

産婦人科に即連絡すると、三連休前ですし鮮血なら急いできてくださいと、予約なしで来院を許可してくださった。

診察台で中を見てもらい、「だいぶ出血量が多いですね…」と医師がつぶやくのを聞く。

「ここに赤ちゃん、いますね。」と見せてもらったのにほっとしつつ、胸がざわついた。

初期流産は、遺伝子の異常によるものが多く、卵が発育できないといった原因で流れてしまうのが主だという。

「卵は成長していますから、このまま流血がつづいて流れてしまうのを止める必要があります。」

「週末はご安静に。お出かけなどはやめて、なるべく横になってください」

とのことで、止血剤を処方されて帰宅した。

自宅療養

帰宅してから、痛みが一気に増した。

血液の量は、とどまることなく増え続けた。

下腹部におぼえのある痛みがあり、わたしは卵胞の映像を思い出していた。

大きくはなっていたが、心拍が目視できなかった。

本来の通院予定日までは5日ほどあったが、おそらく今日見て心拍が確認できるのではと思っていた。

生理痛に酷似していた。

不要になった子宮内膜を排出する痛み。

考えたくない、考えたくなかったが、頭をよぎる「もう亡くなっているのではないか」という予測で、帰宅した夫の前でわんわん泣いた。

生まれて初めて、ネガティブな予想が真実味を帯びすぎて、それを口に出してしまった。

その日は痛みと恐怖で起床できず、12時間ほど寝続けて夫が子どもたちの世話などすべてしてくれた。

薬の効果はまったくないように思われた。

なんども夢を見て、夢の中でも可愛い名前を呼んでいた。

夜中、翌朝にも出血量は増え、生理1日目くらいは出きったなというあたりで、血液に塊が混じり始めた。

あぁ、やはりか。

医師は、対処法のみで見通しを語らなかった。

あの時にもう亡くなっていたのだ。

母体特有の感覚というよりも幻想に近い者かもしれないが、胎内の意向が感じられるようだった。

異物を排除しようという強制的な痛み。

このあたりで、もう確信を得ていた。

ゆきこ、守ってあげられなくてごめんよ。

夫がまさにそう考えるであろうわたしの気持ちを先読みして、暖かい言葉をたくさんかけていたわってくれ、身勝手にもまた泣いた。

夕方あたり、前駆陣痛のときを思わせる生理より少し重めの痛みが襲ってきた。

同時に、何度か大きな塊が排出される感覚もあった。

それとともに、痛みは悲しいほどに落ち着いた。

実感的には、通院などもう必要ないように思う。(もちろん週明けにする)

今は後悔しかない。

卵胞が育っていたのなら、問題は母体にあったはず。

明らかに、わたしは1日安静にしている妊婦ではなかった。

妊娠がわかった時点で休暇を取るなど、できることがもっとあったかもしれない。

防寒にも、さらに念を入れるべきだった。

せめて、この経験を学びに変えて、次こそは計画的に進めようと思う。

夫が「一緒に生きて行きましょう。」と言って抱きしめてくれた。

ゆきこ、本当にごめんなさい。

お腹に来てくれてありがとう。

また、あなたのことを待っている。

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