娘5歳、息子2歳。

お誕生おめでとう、世界で最も愛しき我が子たち。

生まれてきてくれてありがとう。

そして、今年は娘にとっても息子にとっても、人生で最も味気ない誕生日になったに違いないと思う。

息子、1週間ゆるやかな下痢が続き体調不良。

娘、アデノウイルス罹患(1週間目)。

父、アデノウイルス罹患(2週間目)。

母、トリプルワークによる出勤。

この一年で最も大切な日に、母は一体全体何をしておるかと言うと、11月から正社員登用となったのだが既に子らの看病で2週間ほど在宅が続くため本日はいよいよ休めなくなり今は通勤の道中である。

今年は、思えば色々ある。

娘はアデノウイルス2回、インフルエンザ1回、手足口病1回罹患。

息子はアデノウイルス2回、インフルエンザ1回、コロナ1回、手足口病1回。

とくにゴールデンウィーク以降は1ヶ月のうち2週間以上は体調を崩している。

母が専業主婦ならよかったと、何度思ったか知れない。

そうしないことで、げんに今日も寂しい思いをさせてしまっている。

リスケした遠出をどうか楽しみに待っていてほしい。

ただ、母の直感および現状敷いている準備の予測によれば、今年はこうした辛抱の1年だったが、来年から我が家は大きく環境が向上し、君たちも過ごしやすくなるはずだ。

いつか、あんな誕生日もあったねと思い出して笑えるように。

そして今年が君たちにとって健やかで幸福多き、素晴らしい1年になることを願い、ただ精進する。

今年何度目かのピクニックの記録

少し遠くの、2年ほど前に娘と来た公園に、娘と息子と3人で足を延ばした。

最近隙あらばピクニックばかりしている。

大人はともかく子らにとって、夏は暑すぎて脳にとって危険、冬は寒すぎて呼吸器官にとって危険という認識なので、とにかく春と秋は可能な限り日光を求めて外で遊ばせる。

息子が先週木曜からアデノウイルスに罹患し右目が赤く充血し、平熱で活気はあるものの、目だけがいまいちなおらない。

とはいえずっと家の中に閉じ込めておくわけにもいかず、娘にも気の毒なのでということで予定を組んだ。夫が居ない時は大抵ベビーカーを使うが、今回はバスにも乗せようと抱っこ紐装着を想定し、前日からランチを仕込み、持ち物点検をし、晴れを願った。

晴れた。

出向けば、子らもわちゃわちゃなるためそれなりにてんやわんやであるしわたしも時々鬼軍曹のようになり、季節の趣を楽しむ暇などあまりないのだが、今日はとにかく気候が良かった。

・とにかく広い園内は、普通に散歩するだけで子どもたちにとっては冒険であるようだった。

最初に階段を上り、山を下り、川を渡り、アスレチックを楽しみ、ランチを取り、その後はまた山を登り頂上に辿り着き、一気にふもとまで下り、もう一度ゆるやかに上りながら遊具コーナーで遊び、雑木林に囲まれた長い遊歩道を歩き、途中でおやつを食べさせ、風が冷えてきたあたりでバス停に戻った。

バスでの移動を除いた合計時間はおよそ4時間程度だった。

・娘は、バスを降りてからずっと息子の手を繋いでくれていた。

最近アニメの『ペネロペ』シリーズにハマり、しとやかな言葉遣いを体得した娘。

穏やかに弟に語り掛けるものの、おかまいなしに走り出す息子に振り回されていた…

・園内は山や川もあり、手入れの施された山林のような過ごしやすさがあるが、それだけに幼児には注意も必要だった。

息子は季節をとわず水をみつけるやいなや飛び込もうとするため、後ろから猫の子どものように首根っこを掴んでコントロールした…

・アスレチックでは息子が他の子を威嚇し、玩具を使わせないようにしていて案外攻撃的であった。

これは常々思うのだが、息子は元来気が優しく、本人にストレスがかかっている状態の時以外は他者に穏やかに接する。

おそらく本日見た様子では、最近の家に閉じ込められがちな状況(療養ゆえ)や、園での迎えが遅くなる傾向が影響しているだろうと思う。

息子に寂しい思いをさせてはならないといつもながら反省する…

・娘は、ターザンロープのジャングルジムであっという間に夫よりも背の高い領域まで登り、安全に降りる術も体得しているようだった。

わたしの幼少期からは考えられぬほどの活発ぶりに感心してしまう。

・娘も娘で、めいっぱい遊びたい欲求が叶わない場面もあった。

わたしと追いかけっこがしたいと言うものの、他に大勢子どももいる中で息子を放っては置けないから今はできないよと伝えたのだが、直後に失踪。

血眼で探して叱ると、「だってママが追いかけてきてくれるかなって思ったんだもん…」と泣きそうになっていた。

心が痛い…でも本当に、はぐれたかと心臓が潰れる思いだった…

・大変なこともあったが、総じて2人がアクティブで楽しそうで、娘は自律的になっており、息子は自由で活発な様子を見られて学びが多かった。

黄色や赤に染まり切らない、ゆるやかな木々の色づきに心癒された連休最終日。

最近の子どもたちの健康状態

息子の8月後半から続いた風邪は、ちょうど4週間が過ぎた9月の23日ごろからようやく完治と言っても良い状態になった。

しかし10月3日からインフルエンザA型に罹患。

正確には、息子は10月3日、娘は6日から症状が出たものの、息子の第1回目の診断では滲出性中耳炎からの発熱とされ、娘発熱後の週明け7日に再度通院して検査⇒陽性と判明、そこから治療している。

娘は1日で熱が下がり、息子は解熱に7日かかり、ようやく本日から落ち着いてきた。

本当に、まっさら健康な状態で過ごせることの少ない子で可哀想になってくる。

あまりにも、娘と比べて風邪をひく頻度が高いのではないか。

娘が健康なのは当たり前ではないし、病気になる想定も勿論すべきだが、それにしても毎回息子から体調を崩す流れが安定しすぎていると感じる。

不正確な記述にはなるが、女性のほうが男性より遺伝子構造的にも丈夫(常態で健康かつ頑丈)なのではないかと思い始めている。

再生医療の分野においても、人IPS細胞培養が圧倒的に良好に進行するのは若い女性の細胞であるらしい。

まぁ余談にはなる…何が言いたいかと言うと、健やかかつタフに生きられるよう最大限のサポートをする前提で、病気をしても楽しく生きられるようもっと工夫してやらなくてはならない。

とはいえ療養は、わたしにとってはアンハッピーなことばかりではない。

ある意味皮肉だが、息子とここ半年の間で、一番長くスキンシップが取れているかもしれない。

寝入りは浅くなり、起きると即泣き、抱っこしない限り永遠に泣き止まない。

抱きあげるとあっさり泣き止み、わたしの胸にぴったりと耳をくっつけるようにして抱きしめてくる。

活発には遊びたがらず、常にわたしの傍にいたがる。

少し遊ぶとすぐ戻り抱っこ。

眠い時はぐずり、やはり抱くと落ち着き、肩に頭を乗せ始める。

うとうとなって布団に寝かせると添い寝をせがまれ、横になるとお腹か胸に頭をくっつくてそのまますぅっと寝入る。

元気な時は、ここで寝入らず遊び始めたり、発語は増えてからはしばらく話していたりするものだから、寝入りが穏やかなのはまず互いにとって助かる。

新生児期と同じくらいの頻度で寝かしつけしているが、そのおかげで抱っこが板につき、息子も抱かれやすい体勢や、抱っこしたままでの居心地よい位置を見つけているようで、重くなってきてはいるが、抱き方と抱かれ方が改めてこなれてきた。

さらに、呼ぶと(仕事を強制的に休んだ)母が「ちょっと待ってね」を言わず即来るのでうれしいようで、少し快復してきた今も何とはなくすぐに呼んでくる。

こういう距離感は、今の月齢の彼の心身にとって適切だろうと思う。

普段からここまで細やかに見て上げられたら良いのだがと申し訳なくもなる。

幸いなことに、息子は素直で優しく育ってきている。

これを機に、自立云々を促すよりも今はシンプルに「抱っこ」の機会を増やしても良いかもしれないと思っている。

とにかく、元気になってきてくれてよかった。

娘は、5日の終わりから6日にかけて一気に39度まで発熱し、解熱剤もきかずで焦ったものの、7日には解熱して遊び始めた。

息子だけが風邪をひき娘は問題なしというケースが多いため、今回も逃げ切れるかと思ったが、これはわたしの慢心が招いた惨禍ということで、本当に申し訳なかった。

娘の今の健康に胡坐をかくことのないよう、改めて食事や生活リズム、彼女を取り巻く環境の安全性の順守を徹底したい。

元気になってからは、日常からだが、本当に成熟が目覚ましく、絵を描いたり文字を学んだりネイルを塗ったりゲームをしたりと、思い思いに好きな事をして過ごしている。

「ママと一緒に遊びたい」をこんなにも素直に表してくれる彼女にわたしは一生感謝するのだろう。

貰った以上のものを返せるとは到底思えないのだが、どんな時も愛していると伝えていきたい。

娘のクラスに保育参加した感想

以前、娘が「●ちゃんのおかあさん今日保育参加だったんだ、ママもきてほしいな~」と言ってくれたので、秒で申し込んだ。

実施日は本日。

参加時間はおよそ9-12時の3時間程度で、お昼寝のタイミング前に連れ帰った。

本当に、本当にみんなあまりにも可愛くて尊くて、何だか凄い1日だった。

娘はもちろん、世界で1番可愛かった。可愛さがとんでもなかった。

同時に、月並みだが保育士さん達は本当に凄いと思った。

以下に、気付いたことや学びを箇条書きする。

・我が園はかなりゆきとどいた良質な施設だと思うが、それでも体感、半数程度の女子は朝から皆寂しそうにしていた。わたしが居る間中誰も彼もが離れずまとわりついてきてくれて、子によっては「ママ!」と呼び間違える子もあり、あぁ親が恋しいんだなぁと思って少し切なかった。同時に、昼に近づくにつれてリラックスする傾向もみられ、皆運動したりおままごとをしたり恐竜で遊んだりゲームをしたりと、おもいおもいの楽しみ方で時を過ごしていた。良い意味で自由で自分達のやりたいことに挑戦でき、それでいて孤独を感じさせるような環境でもなく、あらためて良い園だなと感じた。

・娘は、わたしの予想の5倍くらい大人しかった。家で時々癇癪を起す様子などを見ると少し友人関係など心配になる側面もあったのだが、寧ろ園では物わかりよく、トラブルで機嫌が悪くなるときに一人きりになりたがるくらい。今日は娘がかねてより楽しみにしていたこともよくわかっていたから、そういうことがあればわたしが話しかけに言った。難しいことなど何もなく、シンプルで良い子であった。すごいなぁ、成長しているなぁと感じた。決してトラブルメーカーでもない。同時に、案外引っ込み思案で、言いたいことを言えてないかもしれないとも感じた。その分、やはり家ではなるべくお話する機会を設けたい。

・弁の立つ子は、同月齢でもとても話しぶりも大人びていてもう確固たる趣味や好きな物事もあるようだった。娘はやはり昔からブロックが好きで、一人でオリジナルの乗り物を制作しては見せに来てくれた。案外、人<モノな側面もあり、頼りになるなぁと思う。

・子どもたちは皆、怒るときには鬼の形相で顔をゆがめ、怒り狂い、声がかれるほど泣くが、直後にすぐ仲直りして遊び始めたりする。今日強く感じたのは、皆誰しも優しさを持っていて、互いに示してはいるのだが、互いにそれにまったく気付けないということ。この月齢ではおそらく、弁の立つ子であっても、「他人の話に耳を傾ける」ということの難易度がものすごく高いのだろうと推察する。というか、ほぼできないに等しかった。

・娘にはとくに仲の良い子が5人程度居り、皆個性豊かだった。ここでは3人について書く。

一番最近入園した子は、当初とても楽しそうだったのだが、ハネムーン期を終え今はママ恋しい期にあるようで、少し荒れていた。わたしと腕を組んで離すまいとし、しばしば娘と衝突していた。「娘ちゃんのママと二人きりがいい!他の子は来ないで!」と絶叫したり、特別扱いされたがったり…なんだか数か月前の娘を見ているようで何度もそっと抱きしめてしまった。幸せで居て欲しい。

入園当初からよく遊ぶ子は、癇癪が激しい印象だったが、実際半日みるとそんなことは全然なく、論理もしっかりしていて他者に優しさを示すこともでき、遊びも安定して発達していて、非常に堅牢な発達を見せてくれて頼もしかった。

バイリンガルのお友達は、親御さんとも頻繁に顔を合わせるため発達状況など見知っているつもりだったが、本日初めて集団生活の様子を目の当たりにした。友達との関わり合いで幼子らしい駄々をこねる場面や少しの頑固さ、周りの子に合わせようと焦って失敗してしまう様子なども見られ、あぁ誰しも本人なりの難しさがあるよなと思ったし、何より頑張る様子が可愛くてこちらも抱きしめたくなった…

結論、子どもたちは皆可愛かった。

・女子は、自分だけに向けられた優しさをことさらに喜びて欲し、男子はとにかく群れで楽しく遊びたがる。烏合の衆の一部であることにストレスを感じづらく、その意味で平和であった。女子は本当に多種多様の要望を持ち、その意味でも同月齢でもかなり大人びて見えた。

・日本国外出身者の子どものことを、「◎くんの顔茶色い〜!」「ほんとだ茶色い、なんで~?」と言う子がまぁまぁの人数見受けられた。ちょうど自分も近くにいたため「皆いろんなお顔の色あるんだよ。おばさんはほんとはお化粧落とすともっと黄色いよ!皆はどうかな?」的なコミュニケーションに運んでしまったが、普段はどうだろう。

・手が出るのが早い子に対して「◯くんいじわる!死んじゃったら面白いのに〜キャハハ!」と笑う子も居た。いきなり叱っても恐らく意味がないだろうと思い「それはおばさんは面白くないかも。死んじゃうってどういうことかわかる?」と疑問を呈する程度にとどめたが「話せなくなっちゃうってこと…」「おしまいになっちゃうってことかな…」と、少し声色が変わっていて、少しずつ話題の適切性や善悪の概念を学んでいくのだろうと思った。

総じて、現段階での発達から不安が消え、この先の未来に希望が持てる1日だった。

良い意味で、皆個性はあれど歴然とした差はなく、子ども達は残酷で平和だった。

大人は本当に、子どもから学ぶことが多い。

娘が帰りに「ママ今日ほいくさんかありがとう!たのしかった~!」と言ってくれて泣いた。

義母が上京

もう2週間も近く前のことになるが、義母が週末に上京した。

娘は大喜びで、おばあちゃんおばあちゃんとひとときも離れずずっとくっついていた。

1日目は、会食で馴染みの焼き肉屋へ。

2日目は、義母が予約しておいてくれた「野菜塾」へ行った。

釣り堀、ミニモノレール、地産地消の野菜を使用したランチ、アットホームなガーデンテラスでのひとときなど、娘も息子も、初めての体験に楽しそうだった。

夜は地元の飲み屋で、子どもたちも食べられるメニューを頂いた。

3日目は、義母が以前の来訪以来再度行きたいと切望していたル・ブルターニュへ。

息子がイレギュラーが続いて多少焦れていたが、義母と二人で近場に散歩に行くなど、こちらも新鮮な時間を楽しんでいた。

近くに居ればもっと頻繁に顔を出せるが、我々は東京と岐阜なので年に数回の逢瀬になる。

こういう機会を大切にしていきたい。

(と、言いつつ今回は全て義母がアレンジしてくれ、任せた形となった。)

R先生と娘

娘は今年度、大好きな昨年度担任だった先生とクラスが離れてしまった。

夕食時の、娘の話。

「今日R先生と会えたんだ~!」

へぇそうなの!R先生娘ちゃんのこと大好きだよねぇ!

「うん!ランチの時娘ちゃん、R先生いたの。」

そうかぁ。先生もお昼ご飯食べてた?

「ううん、もう食べ終わって、鞄しょってた。職員室に行くところでね、娘ちゃんがR先生~!っていったら先生『娘ちゃ~ん!』って。今からおひる?って聞いたら『もう食べちゃったところなんだよ娘ちゃん~えへへ』って。R先生娘ちゃん見ながら笑ったの。」

と、あまりにも楽しそうに話す娘の様子に泣けた…

彼女にとって、好きな人が居ること。

その人と今はもう以前ほど頻繁には会えないこと。

それでもずっと好きでいること。

時々会えた時、こんなにも楽しそうな顔になること。

あまりにも尊くて切なくて素敵だと思った。

これからも娘の園での日々が、人生が、好きな人達との思い出で一杯になりますように。

娘4歳半、息子1歳半

5/20に迎えた。

娘、ずっとかわいい。

目つきも口もどことなくヤンキー感が増してきた。

わたしがいくら気をつけていても、保育園では粗暴な言葉を重点的に習得してくる。

最近は「おめー変なこと言ってんじゃねーょ!」

と可愛い声で叫んでおり、なになにと聞き直してしまった。

でも、ふとした瞬間に優しい。

そんなあなたに永遠に憧れていて、一生大好き。

息子は、色々とあられもない(とくに食べ方など)。

本当にかわいくて、かわいくていじらしさもあって、泣ける。

まだ言葉は少ないが、色んなものをよく観察して実践し、自分なりに楽しむ胆力もある。

風邪をひきまくるからあまり出かけられてはないが、これから一緒に楽しいことを沢山していこう。

次の誕生日まで、もう折り返し地点にきた。

これからも、健やかで幸福な日々を。

娘の登園拒否

子どもたちを、1時間早めに登園させ始めて本日で4日目になる。

娘が毎朝保育園のお別れで大泣きし、わたしの腕を掴んで離さず「ママがいい、ママと居たい」とうずくまって動かない。

年次が上がり、年下の子もこなれてきたし、クラス編成も賑やかになった。

きっと本人なりに、日中感じる楽しみと同量同質かそれ以上のストレスや寂しさがあるのかなと推察する。

あまりにも切々と泣くので、無理矢理行かせるのは気の毒に思い、月曜は「明日は行こうね」と約束して休ませた。

火曜日以降は、これまで7時間前後見てもらっていたのを4時間前後に短縮。

その時間だけでも行ってもらえるとわたしの仕事は少し助かる。

どの時間帯に行くかは、早い時間帯では赤ちゃんクラスと合同で遊べるらしく、お別れの際の寂しさ軽減を目論んで早めに設定してみている。

送りが7時40分あたりで、昼過ぎに降園。

今のところ、楽しそうに通っていて良かったなぁと思う。

ただ、息子は朝早過ぎて、眠くなってぐずるようになった。

色々と差し引きが難しい。

29240413-16実父母上京

初日の土日と月曜を使い、父母が会いに来てくれた。

いつものことなのだが、もう子らもある程度育ってきたしこちらから伺えるよといっても「いいよいいよ、行くよ!」の一点張り。

そしてグルメ欲や観光欲もない父母は、いつも近場で取れるホテルに宿泊し、わたしや子らと公園や近場の遊び場で戯れて帰っていく。

今回もそうであった。

初日(4/13):

わたしと子供+実両親で午後から公共交通機関を使って待ち合わせをし、動物園へ。

娘は電車に乗った祖父母(父母)を見つけると全力でしっぽを振る子犬のように歓び、歓声を上げながら祖母にハグしにいった。

動物園は、17時閉園なのだが、色々な展示が15時前後から閉まり始める形で、動物は見れたり見られなかったりした。

到着当初、息子は爆睡していたが、途中から起きて一緒に楽しみ始めた。

背の高い祖父に抱かれ、いつもわたしが抱くのとは違う視界に新鮮そうにしていた。

父とは1年ぶりだが、娘はもちろん、息子ももう泣くことはなかった。

今回は、何度行っても展示室に不在であったホッキョクグマにお目にかかれた。

休憩でテラスに座り軽食を食べている時、わたしがつまんでいたポテトを無言で息子が奪い取り、父母を驚かせていた。

その後は夕方から父母に2人を預け、早めに解散した。

繁華街にホテルをとっていたため、近辺を散策しながら楽しく過ごさせてもらえたらしい。

夜、母から「娘ちゃんが何でも一人でできるようになっていて驚きました。食べ方も綺麗で、こぼすこともなく、自分のことはちゃんとできて成長していますね」とLINEが来ていた。

2日目(4/14):

昼から子らを連れて地元に来てもらい、我々夫婦、子ら、父母でなじみの店でランチ会をした。

店長が子らを見知ってくれているため、過ごしやすい時間だった。

息子はさっそく好き嫌いを存分に発揮し、野菜を投げようとしていたので夫が奮闘しながら回収していておもしろかった。

ランチ後は夫のみ解散し、近場の公園で少し時間を潰し、娘のダンスへと送り出し。

公園では子らを遊ばせながら陽射しのもとでくつろいでもらおうと思ったが、息子は脱走しようとするし、娘はボール遊びに大人を誘うのでほとんど休めなかったと思う。

ダンス中は、わたし、息子、父母でお茶しながら少し休憩した。

その後娘を迎えにいき、新しくなった近所の公園でしばらく遊ばせた後、ふたたび夕方解散した。

今回は娘のみを連れて行ってもらった。

娘は大はしゃぎであった。

ホテルの大浴場に連れて行ってもらったらしく、「皆服着てないんだけど!?」と叫んでいたらしい。

息子は、わたしと2人きりで一晩すごした。

風呂も部屋も、当然ながらいつもより広く使うことができ、自分のペースで遊びを楽しんでいた。

だが寝入りに「お姉ちゃん今日は居ないね」と言うと、きょろきょり見回して娘を探す様子も見受けられた。

3日目(4/15):

月曜日だったので、朝から2人をいったん登園させた。

11時に保育園の最寄り駅で待ち合わせ、荷物を預けてランチへ。

新卒時代に住んでいた地域なので父母としても思い出深くもあったようで、散策しながらゆっくり昼食をとった。

大人だけで初めて時間を設けて話ができてよかった。

その後保育園に早迎えにあがったが、娘の歓び方がここでも凄まじかった。

園周辺の少し大きめの公園で大人は休憩しつつ、子らを遊ばせた。

父母が、各々子らと一人ずつゆっくり触れ合ってくれていた。

息子は、ベンチに座っていた女性2人に拾ったきれいな葉っぱをプレゼント(本人的に)してお礼を言って貰え、気をよくしたのか、その後は小枝や小石をあつめては持っていこうとするのでなんとかなだめすかして違う遊びに誘ったが、頑としてやりたがり、こだわりの強さを感じた。

褒められて誇らしく思い、その行動を繰り返すとはなんと人間的だろうか。

最終的には自分の身の丈ほどの長い枝を振り回しながら持ち運ぼうとしていたので、さすがにさりげなくこちらで回収して遠くへと置いたが、珍しく怒って拗ねていた。

「それをあの人たちにあげたいの!!!」と聞こえてきそうな表情でうずくまってむくれており、なんとも可愛かった。

娘は、ひたすらアスレチックで遊んだり探索に精を出していた。

夕方まで遊び、近場でアイスを食べながら涼んだあと、新幹線にのる父母を途中まで電車で同行して、我々は最寄り駅で降りた。

「Grandma、Grandpa帰らないで」と、まだ人目もはばからず泣く娘を抱きしめつつ、父母を見送った。

娘と息子について

娘には、つくづく幸せでいて欲しいと思う。

もちろん息子にも同じ願いを抱いているが、娘はより感情の起伏が大きい方なので、楽しい時とそうでない時の差が激しい。

出会いがしらの歓びの表情を知った後、別れ際の泣き顔を見てこちらがもらい泣きしてしまう。

しかも、聞き訳はわりと良いから、いつまでもぐずることなく悲しいと思っていてもちゃんとバイバイするのである。

もちろん、切り替えも早いので「夜ごはんは大好きなナゲット一緒につくろうか!」など誘えば表情はほころんで笑顔が戻るし、結局わたしが傍にいれば今の彼女は概ね幸せだろう。

ただ、我々とてずっとそばに居られるわけではない。

彼女の周りには彼女を愛する人間が多く居て欲しいし、悲しみがあったとしてもそれを上回る幸福で満ちた人生を、明るく歩んで欲しいと切実に思う。

息子は、今回初めて「姉不在の夜」を迎えた。

生まれたから今までずっとずっとお姉ちゃんとセットで暮らしてきて、もちろん一人で行動するときはあるものの、夜寝るときまで母と2人(夫は夜遅いので大抵寝かしつけは母子になる)という状況だった。

娘がふだん能動的には貸そうとしないネジの積み木やマグ・フォーマーでここぞとばかりに集中しながら遊んでいた。

出来たものなどをすぐに持ってきて、わからないところは教えるよう促すなど本人なりに夢中になって遊んでいて、なんだか夜が来ても、寝る時間だよと促せなかったから少し夜更かしさせてしまった。

わたし自身、ふだんは姉弟2人で過ごす良さを多く感じているが、今回息子一人と向き合ってみて、これほど多くの時間を割けるものかと愕然とした。

一つ一つの挙動から目をそらさず居られる。

ふと顔を上げたタイミングでいつも目を合わせられる。

泣く前に、常に傍についていることができて、一緒にたくさんの遊びができる。

一人っ子であれば自然に得られた機会は、息子にはないものも多い。

それを埋められる愛情を持たねばならないと改めて思った。

本当に本当に、2人が大好きで、成長を見られることを光栄だと思う。

父母について

父母は、現在67歳である。

体力の低下も目に見えて感じられる。

そして、今回安堵したのは、我々とのふれあいはとても楽しんでくれていただろうし、孫たちのことは目に入れても痛くないほどというのもある一方、今となっては「2人でのんびり過ごす」のが最も居心地良いのだろうということだった。(とくに父)

幼少期から山あり谷ありで色んな事があった2人だが、こうして今お互いが一番心安らぐ存在なのだなというのが目に見えて、遠くに暮らすこの立場としては嬉しい限りであった。

我々(とくに娘であるわたし)に対しては一定の距離感が感じられ、良くも悪くもかもしれないが、昔のように何でも思ったことを伝えてくるということはなかった。

それだけに心配や懸念もあるだろうが、今日をして親子での適度な距離感が取れてきたと思う。

この状態を維持できるよう、わたしも極力心配などかけないようにしたい。

ただ、今回の上京に際して父母としてはわたしの健康状態がかなり気になっていたらしく、そのあたりもまた適宜周知していく必要があると思った。

2023年度最終日

今年は本当に2人の成長を目覚ましく、心強く感じた1年だった。

娘は4月から通園が始まり、最初は少人数保育からスタート。

そこで頂いた愛情と細やかなケアは、きっと娘にとって(本人が忘れたとしても)生涯のたしかな財産になると思う。

11月に今の園に転園し、それからも色々良いことも辛いこともあった。

そんな中で確実に一つ一つを吸収し、心身共に大きくなってくれたと思う。

1年前の写真を見返すと、表情がまだあどけなくて泣けてくる。

息子は、とにかく精一杯生きてくれた。

斜頭、斜視、漏斗胸などの微妙な問題もありつつ、なにより内臓が健康で元気にたくましく生きられており、息子本人にはもちろん、ケアしてくれる周囲の人々にも感謝しかない。

自宅で子ども達をわたし一人で見るのももちろん幸せなのだが、こうして社会と関わりながら2人が徐々に集団生活や人とのやりとりに慣れていく様を見られて、また別の計り知れない静かな幸福に満たされている。

これからも周囲への感謝を忘れず、2人が健やかで幸せに生きられるよう夫ともども精進したい。

ほんとーーーーーーーに2人が大好き。