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娘の息子への苦言がかわいすぎて、思わず聞き耳を立てる。
「たとえばさぁ!息子くんのおもちゃ娘ちゃんが借りて、返さないでそのままカバンに入れちゃったらどう?!かなしいでしょ?!それとおんなじことしてるよ?!」
母の言い方を激しめに踏襲する、さすがしっかり者である。
「今さぁ、今ちゃんとあやまれば、てるてるぼうず息子くんにも作ってあげるけど?!」
優しい…
「次おなじことしたら、娘ちゃん本気で怒るからね!!ほらあやまって!!!」
本気らしい…一体どうなってしまうのか。
そのすぐ後、息子の「ごめんね〜」の優しい声で幕を閉じた一件だった。
本当に何から何まで可愛くて困ってしまう。
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寝入り、油断しているところに息子の強烈な頭突きが降ってきて、さらにそれが乳腺のあたりをゴリゴリ削る位置だったため痛すぎて悲鳴と生理的な涙が出た。
それを見聞きした娘が驚いて泣いてしまい、ごめんごめんよと抱きしめて寝る…
子どもとの生活で油断は禁物である。
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息子は基本優しい。
大好きなヨーグルトを食べながら、時々なんの脈絡もなく「はいっ(^^)」と一口くれようとしたりする。
他のおやつもおもちゃも然り、相手にどうぞーと手渡すことにストレスがないのだろう。
なんの脈絡もなく頭突してきたりもするが…(笑)
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毎朝の子どもたちの寝相、写真撮ってアート作品にしたいくらいには面白い。
今朝は娘の頭に息子が座っている。
2人とも熟睡である…
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日曜は、久しぶりに精神の削られる日だった。
夫が仕事で終日不在、そして1か月ほどできていなかった大掃除を同時にやろうという、そもそも無理のあるスケジュール。
娘も息子も連日のおでかけで疲れているだろうしということで、遠出はせず家で遊ばせることにした。
だが、1人で家事と育児を同時にこなすのは、根本的にやはり無理があると実感する。
・娘の息子へのちょっとした意地悪を咎めるが、自分自身も十分に向き合ってあげられているわけではなく。
・息子に抱っこをせがまれ応じるも、すべての作業が途中になり、1時間程度の作業は3時間程度かかる。
・ランチは適当になり、定刻通り昼寝したがらない子らに焦りつつ若干苛々…
自分1人でやるべきことと、子ども達と一緒にとる行動の方向性は多くの場合矛盾する。
さらにどちらも必要(と思いこむ)で、どちらも不十分な仕上がりになり、子どもたちにも寂しい思いをさせる。
彼らを愛しているのに、優しくない言葉を投げかけてしまったりもするのは、もちろん自分自身が未熟だからに他ならない。
今日をなかったことにはできないのだが、せめて娘と息子を精いっぱい抱きしめて、明日からの日々に生かそう。
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土曜日、遂に娘のランドセルが決まった。
色々店舗を見たが、夫とわたしの好みの違いや時代による技術的な飛躍にもおおいに影響を受けて、当初予定していたものとは大きく異なるところに落ち着くことになった。
詳細はおもいきり個人特定につながるため書かないが、一つ今回の大きな特徴を書くと、素材は「クラリーノF」。
自分自身もコードバンで重さに苦しむこともなかったので、当然そうするつもりだったが、いざ持たせてみたときの300グラムほどの違いに驚いた。
そしてクラリーノのやわらかさとしなやかさ。
100年使うわけではなく6年間のパートナーであること。
娘が一目見て「この色がいい!」と譲らなかったこと。
などから今回の結論に。
新しく「義務教育」の期間が始まるわけだが、なによりも、娘の健やかな心身の成長と楽しく幸福な学校生活を願って。
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今日の赤子、ズンズンズンズン…と小刻みに蹴ってるのか殴ってるのか暴れてるのかよくわからないが…なんとなく面白い動きをしている。
いや、もしや踊っている…?!
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毎日娘は保育園で沢山お絵かきや工作をしてくるのだが、今日その中に「ままの」と書かれた封筒があり泣いてしまった。
懸命に遊ぶ中でも、母のことを思い出してくれているなんて…
愛おしくて切ない。
きっと彼女にとってのわたしの存在はこれから、様々な世界を知る中でどんどん小さくなるだろうし、それは望ましいことだ。
だけど本当に、いつか死ぬ前に思い出すとしたらこの時期の娘や息子との日々なのだろうなと毎日思っている。
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今朝は夫と2人で登園に向かったのだが、子どもたちの楽しそう具合に朝から癒される。
娘と夫は、やはり気が合うのだなとよく思う。
2人とも朝はテンション低めだが、決して不機嫌ではない。
可愛くて愛おしくて離したくない気持ちを抑えつついってらっしゃいしてきた。
今日も、子どもたちにとって良い日ですように。
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子どもたちは一緒の布団で寝かせているのだが、今日は息子の顔面に娘の足の裏がジャストフィット(密着)しており、絵面としてあまりにも可愛らしい。
それで息子が全然苦しくなさそうなのも面白い。
お鼻つぶれちゃうと気の毒だから、そっと外しておいた。