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息子、足に手を添えてやるずり這いで、バスタオル1枚敷かれていたものを乗り越え、ベッドのヘッドボードにぶちあたるまでの長旅をやりとげた。
快挙である…
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娘、息子が泣いていると「たいじょうぶだよ〜、ほら、これはトラさん!こわくないよ〜やさしいトラさんだよ〜!」とナチュラルにあやしたり、哺乳瓶をもっていったりして、ナチュラルに優しい。
慈しみというよりは、自分がしてもらってうれしかったことをやってあげている感じで、感慨深い。
当時に、彼女の優しさが事故に繋がらないよう我々でしっかり監督しなくてはと思う。
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息子が生まれてから初めて、おそらく夫も、まとまって5時間以上眠れた…!!
ということは、おそらく息子も、まとまって5時間以上寝た…!!
しかも夜間に。
素晴らしい。
まぁ、夕方から夜中にかけてずっとぐずぐずしていたから疲れたのだろうと思うけど…すぐに起きてしまう子なのに、よく頑張ったなぁ。
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初めての認可外保育施設に連れて行ったが、予想以上に疲れて帰ってきたので少し公開している…
自分のことを自分でやるようになるのは良いけど、まだ母を頼ってくれてええんやで…という気持ち。
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最近は色んな園を回り、一時保育で世話になっているのだが、昨日は衝撃を受けた。
自宅から徒歩5分、しかしながら建物が狭く、いつも園児が保育士さんに手を引かれて近所を散歩する園。
手を引かれての散歩なんて恐ろしすぎると思っていたし、何より狭い空間ではリフレッシュの機能も果たさないだろうと判断して早期で見切っていたのだが、昨日一時保育に預けたら、今までのどの園よりも娘が楽しそうだった。
迎えに上がると、教室から娘と友人の元気な溌剌とした声が聞こえてくる。
連れてこられた娘は保育士さんの膝の上に座らせてもらいながら今日の出来事を話すのをうんうんと聞き、バイバイの前のハグではぎゅっとしがみついて安心して抱擁していた。
帰ってからも機嫌が良い。
それだけ楽しかったということだろう。
えぇ〜………………
施設も、見た目で判断してはいけなかった。
第一希望は既に出しているが、通らなければこちらに挿げ替えようと、夫と話した。
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息子の夜泣きが極まってきた。
昨晩は19時あたりから日付がかわるまで泣き続け、最後は空腹をミルクで埋めて寝付いた。
夜中は3時間スパンで眠ったが、夜泣き、たそがれ泣き、コリックということで片付けて良いものか不安になってくる。
夜泣きや癇癪ということならまぁ良い。
うちの子は声も小さめだし、大人二人居るし、睡眠は削られるし疲れるが後から笑えるだろうし、全然良い。
腸重積、そけいヘルニア、臍ヘルニア等々、死に至る可能性のある何かを見落としているとしたらとても怖い。
本を読めば読むほどわからなくなる。
まぁ、素人がああだこうだ言ってても始まらないので何度でも医者を頼る…
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タイトルの変更
太陽は要らなかった。
だけど夫と出逢い、娘や息子が生まれて、今やわたしの内面はびっしょり湿度を帯びて、彼らがそれを晴らしてくれている。
生は不思議だと思う。
”こんなことをしている場合ではない”のに、まさにその”こんなこと”によって苦しみながら幸福にあっぷあっぷしながら生きる羽目になる。
小悪魔のような娘と、小鬼のような息子は今日も元気で最高だ。
永らく筆沙汰していたけど、今日から少しずつこちらも再開する。
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娘が、寝る前に大好きなミッフィーのぬいぐるみを自分の隣に寝かせて、布団をかけてやり、うまくかからないので一生懸命向きを調整するなどしてふかふかにしてあげている様子を見ていたらなぜかダバーッと泣けてきて夫に心配された(正確には、本気で心配されたのではなく面白がられた)。
娘を見ていると、優しさは、元々心の中に核があるものというよりも、最初は生活様式の真似事から端を発して、それが心に小さな灯のように宿るものなのかもなと思う。
娘がしていることは、まさにわたしがかつての娘や今の息子にしていることの真似事のようなものだ。
そして、それをしているとき娘はとても楽しそうで、熱中しているように見える。
優しさの原型とは、深い理解や倫理への探求というよりも、自分がしてもらったことを他人にも施したらなんとなく心地が良かった、というような経験を通して作られていくものなのかもしれない。
だから、この子が優しく居られるかどうかは、やはり親にかかっていると思うし、親の努力で優しさのきっかけを提供できたとしても、その先それをどう育てるかは本人に委ねるところが大きい。
居られないとしたら親の所為だし、居られるとしたら本人の功ということだ。
…みたいなことを思いながら、娘が着実に成長してきているのだなと知って切なすぎて30分ほど静かに静かに泣いたので、朝から目がしばしばする…
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息子が生まれて一月が経った。
夢のように美しくて、毎日溺れるような幸せの元で過ごしている。
何度も言うが、自分にこんな生活が訪れるとは…
娘は、夫にかなりなついた。
そしてこのブログタイトルのように少し粗野に。
可愛くて仕方がないのは2人とも同じだが、新たな発見として、子どもは同種の異個体ではなく、それぞれがまったく新しい世界そのものだった。
娘が可愛すぎて、この子ほどに愛せる存在など果たしてあり得るだろうかと、わたしは不安だったのだが、恐らく杞憂で済むだろう。
息子が生まれて、まったく新しい脳の領域が開花したように、これまでになかった息子という概念が生まれて、これからもきっと育つだろう。
娘に対する愛おしさと比較しようと試みること自体愚行だった。
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ほんっとにかわいいなぁ…
お乳を飲み終わって眠くてたまらないのにお乳にしがみついて離れない息子よ。
貴様は予想以上の可愛さだわ…