8月1日に、第3子が無事誕生した。
3224グラムの元気な女の子。
出産まで
当日の朝は、13回目の妊婦検診であった。
1日中前駆陣痛が続き、そろそろ生みたいですと助産師さんに弱音を吐いた日の夜、いつも通りの1日を過ごし、娘の習い事も行き、家族で夕食をとり終わった直後あたり、プチっと音がして瞬間的に破水を悟る。
速やかに病院にタクシーで移動。夫がすべての処理を担ってくれ、子どももつれて産院まで同行してくれる。
タクシーの中でもだえ苦しむ母を見て、娘が「赤ちゃん生む人ってこんな風になっちゃうの!?こわいんだけど…」と怯えていたのを覚えている。
移動中に泉のように羊水が零れ落ちてバスタオル2枚をだめにし、病院についてからは車椅子で移動。(息子の時のようにエントランスがびしゃびしゃ、ということはなかった)
いきむ直前まで割と落ち着いているほうだったが、分娩台に上がる前の着替えは助産師さん達総出になる(申し訳ない)。
夫と子ども達が病院の1階で待機する中分娩開始。
いざいきむと2度ほどで、本当におどろくほどスムーズに頭がするりと出てきて無事、嫡出。
時刻は22時●分、陣痛から分娩まで驚異の42分間だった。
胎盤もつつがなく排出し、事後の止血処理のみ少し時間がかかっていたようだったが、総じて調安産だったと言える。
スピードが速すぎて赤子が一時チアノーゼになったが、助産師さん2人がかりでたたいたり吸引したりでなんとか泣き声が聞こえたときは心底ほっとした。
出てきた子の、あまりの長女との激似ぶりに衝撃をうけつつ、この手に抱く。
赤子との邂逅から2時間ほど分娩台の上で休息し、病室へ向かった。
産後1週間の過ごし方
1日目:出産。上述の通り。
2日目:悪露で1日死ぬ。子宮の中の血を掻き出す処置は出産よりも辛く、産院に来て初めて泣く…
3日目:急激に回復、夜は母子同室、初めての夜泣きで歌を20曲くらい歌う。
4日目:穏やかな1日。夜間頻回授乳により母乳が復活。
5日目:胸の張りで1日死ぬ。夜は地獄の搾乳で2度目の落涙…
6日目:退院
生後数日の子どもについて
正直、今回の妊娠期間では、子ども本人にかけられる心理的・物理的リソースが最も不足していたと思う。
思いを馳せるということがほとんどできていなかったのだが…
いざ対面すると、そのあまりの可愛さに涙が止まらなくなる。
赤子(今後次女と呼ぶ)は、どことなくうさぎに似た容貌をしていると思う。
爆誕直後は姉に似ていたが、毎日顔が変わる。
2日目は弟に、翌日からは少し母にも似ていると感じることがある。
声は、質としては細めだがボリュームは大きく、少し鼻腔が狭いのか吸うときにひゅっと風のような音が鳴り、「ンア~」系の泣き方になる。
夫曰はく、「3人の中でダントツにあなたに似ている」とのことだった。
生後2週間を経て
自宅に帰ってきてからは、上の二人よりもさらににぎやかな日常を過ごしていると思う。
二人きりの時は常に母が抱っこしていられるが、きょうだいが帰ってくるとそうもいかない。
声をかけられたり、抱っこの取り合いになったりミルクの取り合いになったりする中、きょろきょろ目を動かしながら環境の変化を全身で体験しているようである。
母が抱くのはよくわかるようで、リビングで火が付いたように泣いていても、わたしが抱き上げて揺らしながら腰をトントンすると白目をむいて寝始めたりする。
日中、帰宅後2日程度はおとなしかったのだが、以降は基本的に抱っこでしか寝ない、だが抱いているとすべからくおとなしくすやすや寝る。
夜泣きも、まだほとんどしない。
座って抱いたまま一晩穏やかに過ごせる程度の、本当に新生児らしい控えめな主張の通し方である。
我が家ではこれで家族計画を一区切りつける予定だから、あらゆる瞬間を最後のものとして楽しませていただく…(それだけに時々涙が止まらなくなる)
寝顔は、どこか観音菩薩に似た徳の高そうな風貌である。
人生始まったばかり、目いっぱい色んなことを経験して、幸せに生きろ。