初日の土日と月曜を使い、父母が会いに来てくれた。
いつものことなのだが、もう子らもある程度育ってきたしこちらから伺えるよといっても「いいよいいよ、行くよ!」の一点張り。
そしてグルメ欲や観光欲もない父母は、いつも近場で取れるホテルに宿泊し、わたしや子らと公園や近場の遊び場で戯れて帰っていく。
今回もそうであった。
初日(4/13):
わたしと子供+実両親で午後から公共交通機関を使って待ち合わせをし、動物園へ。
娘は電車に乗った祖父母(父母)を見つけると全力でしっぽを振る子犬のように歓び、歓声を上げながら祖母にハグしにいった。
動物園は、17時閉園なのだが、色々な展示が15時前後から閉まり始める形で、動物は見れたり見られなかったりした。
到着当初、息子は爆睡していたが、途中から起きて一緒に楽しみ始めた。
背の高い祖父に抱かれ、いつもわたしが抱くのとは違う視界に新鮮そうにしていた。
父とは1年ぶりだが、娘はもちろん、息子ももう泣くことはなかった。
今回は、何度行っても展示室に不在であったホッキョクグマにお目にかかれた。
休憩でテラスに座り軽食を食べている時、わたしがつまんでいたポテトを無言で息子が奪い取り、父母を驚かせていた。
その後は夕方から父母に2人を預け、早めに解散した。
繁華街にホテルをとっていたため、近辺を散策しながら楽しく過ごさせてもらえたらしい。
夜、母から「娘ちゃんが何でも一人でできるようになっていて驚きました。食べ方も綺麗で、こぼすこともなく、自分のことはちゃんとできて成長していますね」とLINEが来ていた。
2日目(4/14):
昼から子らを連れて地元に来てもらい、我々夫婦、子ら、父母でなじみの店でランチ会をした。
店長が子らを見知ってくれているため、過ごしやすい時間だった。
息子はさっそく好き嫌いを存分に発揮し、野菜を投げようとしていたので夫が奮闘しながら回収していておもしろかった。
ランチ後は夫のみ解散し、近場の公園で少し時間を潰し、娘のダンスへと送り出し。
公園では子らを遊ばせながら陽射しのもとでくつろいでもらおうと思ったが、息子は脱走しようとするし、娘はボール遊びに大人を誘うのでほとんど休めなかったと思う。
ダンス中は、わたし、息子、父母でお茶しながら少し休憩した。
その後娘を迎えにいき、新しくなった近所の公園でしばらく遊ばせた後、ふたたび夕方解散した。
今回は娘のみを連れて行ってもらった。
娘は大はしゃぎであった。
ホテルの大浴場に連れて行ってもらったらしく、「皆服着てないんだけど!?」と叫んでいたらしい。
息子は、わたしと2人きりで一晩すごした。
風呂も部屋も、当然ながらいつもより広く使うことができ、自分のペースで遊びを楽しんでいた。
だが寝入りに「お姉ちゃん今日は居ないね」と言うと、きょろきょり見回して娘を探す様子も見受けられた。
3日目(4/15):
月曜日だったので、朝から2人をいったん登園させた。
11時に保育園の最寄り駅で待ち合わせ、荷物を預けてランチへ。
新卒時代に住んでいた地域なので父母としても思い出深くもあったようで、散策しながらゆっくり昼食をとった。
大人だけで初めて時間を設けて話ができてよかった。
その後保育園に早迎えにあがったが、娘の歓び方がここでも凄まじかった。
園周辺の少し大きめの公園で大人は休憩しつつ、子らを遊ばせた。
父母が、各々子らと一人ずつゆっくり触れ合ってくれていた。
息子は、ベンチに座っていた女性2人に拾ったきれいな葉っぱをプレゼント(本人的に)してお礼を言って貰え、気をよくしたのか、その後は小枝や小石をあつめては持っていこうとするのでなんとかなだめすかして違う遊びに誘ったが、頑としてやりたがり、こだわりの強さを感じた。
褒められて誇らしく思い、その行動を繰り返すとはなんと人間的だろうか。
最終的には自分の身の丈ほどの長い枝を振り回しながら持ち運ぼうとしていたので、さすがにさりげなくこちらで回収して遠くへと置いたが、珍しく怒って拗ねていた。
「それをあの人たちにあげたいの!!!」と聞こえてきそうな表情でうずくまってむくれており、なんとも可愛かった。
娘は、ひたすらアスレチックで遊んだり探索に精を出していた。
夕方まで遊び、近場でアイスを食べながら涼んだあと、新幹線にのる父母を途中まで電車で同行して、我々は最寄り駅で降りた。
「Grandma、Grandpa帰らないで」と、まだ人目もはばからず泣く娘を抱きしめつつ、父母を見送った。
娘と息子について
娘には、つくづく幸せでいて欲しいと思う。
もちろん息子にも同じ願いを抱いているが、娘はより感情の起伏が大きい方なので、楽しい時とそうでない時の差が激しい。
出会いがしらの歓びの表情を知った後、別れ際の泣き顔を見てこちらがもらい泣きしてしまう。
しかも、聞き訳はわりと良いから、いつまでもぐずることなく悲しいと思っていてもちゃんとバイバイするのである。
もちろん、切り替えも早いので「夜ごはんは大好きなナゲット一緒につくろうか!」など誘えば表情はほころんで笑顔が戻るし、結局わたしが傍にいれば今の彼女は概ね幸せだろう。
ただ、我々とてずっとそばに居られるわけではない。
彼女の周りには彼女を愛する人間が多く居て欲しいし、悲しみがあったとしてもそれを上回る幸福で満ちた人生を、明るく歩んで欲しいと切実に思う。
息子は、今回初めて「姉不在の夜」を迎えた。
生まれたから今までずっとずっとお姉ちゃんとセットで暮らしてきて、もちろん一人で行動するときはあるものの、夜寝るときまで母と2人(夫は夜遅いので大抵寝かしつけは母子になる)という状況だった。
娘がふだん能動的には貸そうとしないネジの積み木やマグ・フォーマーでここぞとばかりに集中しながら遊んでいた。
出来たものなどをすぐに持ってきて、わからないところは教えるよう促すなど本人なりに夢中になって遊んでいて、なんだか夜が来ても、寝る時間だよと促せなかったから少し夜更かしさせてしまった。
わたし自身、ふだんは姉弟2人で過ごす良さを多く感じているが、今回息子一人と向き合ってみて、これほど多くの時間を割けるものかと愕然とした。
一つ一つの挙動から目をそらさず居られる。
ふと顔を上げたタイミングでいつも目を合わせられる。
泣く前に、常に傍についていることができて、一緒にたくさんの遊びができる。
一人っ子であれば自然に得られた機会は、息子にはないものも多い。
それを埋められる愛情を持たねばならないと改めて思った。
本当に本当に、2人が大好きで、成長を見られることを光栄だと思う。
父母について
父母は、現在67歳である。
体力の低下も目に見えて感じられる。
そして、今回安堵したのは、我々とのふれあいはとても楽しんでくれていただろうし、孫たちのことは目に入れても痛くないほどというのもある一方、今となっては「2人でのんびり過ごす」のが最も居心地良いのだろうということだった。(とくに父)
幼少期から山あり谷ありで色んな事があった2人だが、こうして今お互いが一番心安らぐ存在なのだなというのが目に見えて、遠くに暮らすこの立場としては嬉しい限りであった。
我々(とくに娘であるわたし)に対しては一定の距離感が感じられ、良くも悪くもかもしれないが、昔のように何でも思ったことを伝えてくるということはなかった。
それだけに心配や懸念もあるだろうが、今日をして親子での適度な距離感が取れてきたと思う。
この状態を維持できるよう、わたしも極力心配などかけないようにしたい。
ただ、今回の上京に際して父母としてはわたしの健康状態がかなり気になっていたらしく、そのあたりもまた適宜周知していく必要があると思った。