今朝、なんだったか娘がものすごく可愛い発言をしてくれたのにメモるまもなく忘れてしまった。

かなしい。

あなたの全てを記憶にとどめて生きたい。

夫カットにより娘、ショートボブにイメージチェンジした。

襟足がかなり短いので若干の男の子みがあり、それでいてその下に控えている顔の可愛さでクラクラする。

息子は襟足だけ切られ、とはいえ他の頭髪がまばら過ぎてフルカットを断念されたらしい。

なにそれおもしろ。

息子「おしゃかなしゃんおくちぱくぱくしてるなぁ〜」などと言っており、場面的にも意味的にも合っているので二度見した。

もうしっかり文章になっている。

正月休み中、言葉の発達がまた進んだように思う。

息子、起きるなりピョコッと跳ね上がり「おあょ!」とガラガラ声で機嫌よく叫ぶ。

熱は下がったらしい。

とりあえず安心したが、まだ快方に向かうも悪化するも過ごさせ方次第なので1日ゆっくりさせることとする。

息子、夕方より急な発熱。

おそらく初詣やお出かけの疲れが出たのかと思うが、一気に38.7℃まで上がり肝が冷える。

もうよく話せるので「まま一緒にねよ」「ここにいて」とさけぶ。

それに応じて添い寝し、寝入ったところで離れると一瞬で起きて泣く。

子どもとは不思議なものだ。

とにかく、早く良くなるよう栄養のある食事を作る…。

昨日だが、昭島日吉神社のだるま市に行った。

控えめに言って最高だった。

都内の祭りでこれ以上に豪華な露店の出店に出会えたことがない。

人入りも多いが23区ほどではなく、なにより名物のだるまが壮観だった。

娘チョイスでピンクの小型のだるまをお迎えした。

願いを込めて左目を描き、願いが叶ったら右目をいれるのだとか。

来年返納に向けて、叶えられるよう努力しよう。

娘は射的をしたり玉入れをしたり綿菓子を食べたり、息子もアンパンマンのお面を手に入れたりポテトを貪ったりで1日があっという間であった。

初詣は毎年同様浅草寺に行ったが、夕方の時間帯から参入したことであまりにも混みすぎて本堂に至らなかった。

こういうのは御縁、と切り替えて同じ敷地内の鎮護堂へ。

奥に控える可愛らしいおたぬきさまにお目にかかれて子ども達も大喜びだった。

以下は配布されたリーフレットの引用

『鎮護堂 〜伝法院の鎮守「おたぬきさま」〜

「通称「お狸さま」と呼ばれている。

江戸には狸塚・狸穴の地名があったことからもうかがえるように、狸の棲息地が各所にあった。明治維新に彰義隊と官軍が上野の山で戦ったときに、逃げ出した狸が浅草奥山に棲みつき、 いたずらをするので困っていた。時の住職唯我韶舜僧正の夢枕に狸が立って「自分たちを保護してくだされば伝法院を火災から守りましょう」というので、明治十六年(一八八三)鎮護大使者として祀ったという。火防・盗難および商売繁盛を祈る人が多い。とくに落語家や歌舞伎の俳優など芸能関係者の信仰が篤いことで知られる。現在のお堂は大正二年(一九一三)の建立。三月十七日に祭礼が行われる。』

https://www.senso-ji.jp/guide/guide14.html

何度も通っている浅草寺でのこうした出逢いは有難い。

運試しは、寺ではなく喫茶「天国」の謎のマシーンで行った。

これまでにない、ぬるりと楽しい元旦であった。

新年の抱負

今年は、子どもたちとの距離感を考えなくてはならないと思う。

特に娘は、どんどん自律的で独立的になる。

そんな大切な時期にわたしは、自分の彼女への愛情と履き違えた執着めいた言動に、後から反省するような場面が多いように(最近特に)思う。

極端だが、愛玩するような接し方を捨てなくてはならない。

一人の人間としての成長(紆余曲折を含む)を少し距離を取って受け止めながら、冷静な愛で娘と接していきたいと思う。

冷静さを心細く思わせない為に、時々小手先の技も功を奏するかもしれない。

正月明けまでに、読む本もリストアップする。

息子に対しても基本娘と同様だが、まだ幼いのもあり人格的な尊重<成長を促す先達、の方が必要な場面も多いと予測する。

なんにせよ、息子はそもそもあまり干渉せずのスタイルなのでそれほど心配はしていない。

2024年〆

今年は本当に変化の多い、内容の濃い1年だった。

主に母がだが、それに伴って子ども達が受けた影響は大きい。

2人の性質に驚き、生活を通して編纂される性格の機微や成長に驚く日々だった。

これはずっと続くだろう。

今年に限って言えば、娘は、総じて色々な事が理解でき、わかるからこその可愛らしさといじらしさ。

息子は、暴れん坊だが気が優しくなんだかんだ精神的にもタフな安心感。

こういうものを多く感じられた。

なにより、体調面でのトラブルも尽きなかったものの、2人が五体満足で無事健康に年末を迎えられたのであるから、1年に感謝しかない。

ここに書ききれなかったことが、実はあまりにも多い。

日々の生活や成長の鮮やかさ、感情の機微なども本当はもっと書き留めておきたかった。

来年からは、こちらも昨年通りメモとして残したい。

子どもたちが、これからも健やかで幸福でありますように。

2024年よ、どうもありがとう。