娘があまりにも可愛い。今日は盛沢山だった。

・保育園で先生や友達の名前を、何度も聞いて覚えようとしているらしい。

今まで友達という存在が殆ど居なかったから、毎日本当に楽しそうに通っていて胸が熱くなる…

先生も優しい人ばかりで本当に有難い…

・家で遊んでいるとき、小さな声で先生の言葉をごっこ遊びに使っているときがある。

例「はい、それでは先生が”いくよ”といったら、ここに集まってください。それではみなさん楽しく遊びましょう!」

自分たちに向けられた言葉をよく聞いて、頭の中で半数して考えたりしているんだなぁ、そういうことをもう一人でもできるようになったんだなぁと思ったら泣けて仕方がなかった。

同時に、何もかもがかわいいけれど、あまりわたしがこの子の世界を狭めてはだめだなと思う。

・通行人に向かって「おじいさん来たね~!」といった相手が意外と若かった時の申し訳なさ。

とくに最近は、娘なりに考えてお年寄りにはおじいさん、腰がまがっていなければおじさん、若い人はおにいさん、と分けているのがわかるので余計に…

・夕食時、「娘、大きくなったらママみたいになる~」と言った。

おそらく先生に言われたか、そういう話のもとで誰かの真似経由での発言だとは思う(大きくなったら=将来という概念を具体的に思い描ける段階ではないと思われるため)けど、可愛すぎて涙が溢れ出てきて困った…

娘を泥んこ遊びに誘おうと近くの公園のプレイ広場的なところに連れて行ったら、なんと休みだった。(定休日ではない)

よって人は少なかったが、たまたま来ていた子たちでおもいおもいに遊び始めたのでそのまま流れに任せていると、3時間ほど熱中して遊び続ける。

あっちへ行き、こちらへ戻り、またあっちへ駆けてゆく。

もうあまり転ばないし、意外と足元にもつぶさに気を配りながら気をつけて遊ぶ。

同世代を見つけると自然に話しかけ、遠くの子には「あーそーぼ!」と声をかける。

娘のひとこまひとこまで成長が感じられて、公園に一緒に行くこと自体久しぶりだったのもあり涙ぐんでしまった…

同伴させた息子は、ずっと寝ていた。

娘はとにかく顔が可愛いすぎるんだけど、目がぱっちりとはしていてもキラキラしてはおらず、黒目に光がなくきゅっと吸い込まれそうな暗さがあるのがたまらない…(勝手な個人の好み)

娘の性格について、優しいけれどこだわりは強くて寂しがりやの構われたがり、気は強いけれど繊細で傷付きやすい。

息子の性格について、寂しがり屋なのは娘以上だが以外と図太くて気は大きい。

今のところの理解だが、夫もおおむね同じように認識していて面白かった。

娘は本当に、最近特に優しい。

だけどこれは「優しくしてあげよう」「小さい者には優しくしなくてはらならない」という本人の自律や努力のまぎれもない結果でもあって、それを無下にすることがあってはならないよねと話した。

娘が息子に絵本を読んであげたがるので任せることが増えた。

正確にはほぼ、「読んでいる」わけではなく「暗証している」ので、時々とんでもない展開になっていて笑う。

本当にかわいい。

優しいアネゴや。

貴女のことは一生をかけてあたいが守る。

息子の初節句を、4年ぶりに帰省して実施。

両家の集まりなどなるべく二人平等になるよう計画しているが、今回は旅も重なり重めだった。

先にうちの実家周りをめぐり、ホテルに帰宅して翌日は義母と出かけるという多忙な日程だったが、なんとか帰ってこられた。

娘はほぼ初めて親戚と会い、可愛がられて楽しそうで、夜は爆睡。

息子はまだ諸々わかってはいないものの、真っ黒な瞳でくるくると周りを見回して刺激の多い数日間だったと思う。

二人ともおつかれさま。

きみらの将来に幸多からんことを。

最近、娘がうたを歌うのに合わせてわたしも口ずさむと、二言目くらいで「ママは歌わなくていいからッ(・へ・)」と止められる…前は喜んでくれてたのに……

最近娘が夜わたしが仕事に取り掛かろうとすると号泣で、少し途方に暮れる。

やらないわけにはいかないし、でも泣く子を放置して仕事に集中もできなくて詰む。

これまで極力呼ばれたらすぐに向かうようにしてきたが、長期的には親の仕事を理解して待つ姿勢も大切。

とはいえ放置はできず(わたしの心境的に)、詰む…。

今日は、娘が朝から寝たい、プリント(習い事のやつ)やだ、ご飯はママが食べさせて、保育園やだ…とヤダヤダグズグズの日だった。

お腹痛いとも行っていたけど、なんとなく疲れてもいるようにも見えた…こういう日でも行けば楽しいみたいな展開はあることがわかったので、一応登園させた。

無事楽しく過ごせますように。

とはいえ少し早めにお迎えに行く。