娘のダンススクールは、2軒目のところにした。
もちろん常に様子見で今後変わったり辞めたいする可能性はあるが、娘自身はどちらも楽しそうだったこと、2軒目のほうがプログラムがきちんと機能していたことがいったんの決め手になった。
楽しめると良いな。
My little Sunshine, Star, Sweetie
娘のダンススクールは、2軒目のところにした。
もちろん常に様子見で今後変わったり辞めたいする可能性はあるが、娘自身はどちらも楽しそうだったこと、2軒目のほうがプログラムがきちんと機能していたことがいったんの決め手になった。
楽しめると良いな。
娘のダンススクール見学に行ったのだが、微妙すぎて悶えそう。
同年生と一つ上の子たちが9名ほどのクラスで、素人目にはほとんど収集が付いていないように見えた。
ただ、要所要所で講師の言うことを聞いたり真似したりができている子も居たり、娘は時々指示に従うなどしていた。
幼児ならこれが限界なのだろうか?と思う反面、以前幼稚園のクラス見学に行ったときの統率ぶりも思い出されて、やはり幼児教育の素養のある講師ならもっとうまくできるのではないかとも…
明日も別教室で見学なので、もう少し悩もうと思う。
今週は園の保護者会があり、娘のクラスも息子のクラスも、初めて顔を合わせる親御さんや担任の保育士さんたちと話す機会があった。
印象的だったのは、0歳児の保護者会での園長による「保育士達は、親御さんがご家庭で注がれるのと同じように、大きな愛情を以て子どもたちと接することを、なにより大切に動いてきました」という言葉。
内部の者を公然と褒める姿勢は日本ではあまり多くないかもしれないが、個人的には子らと接してくださっている保育士さん方へのリスペクトが感じられてとてもうれしかった。
以前、娘のことで家庭であまり時間が取れていないことを相談した時、「ご家庭の詳しいご事情や問題は、残念ながら私達には関与できません。ですが、”とりあえず園に連れてきていただければ大丈夫”と思って欲しいです。園でのことは私達が何とかします。集団生活なりの難しさはあるかもしれませんが、子ども達が健やかで楽しく過ごせる環境を全力で作りますから、どうか安心して、大船に乗った気持ちで毎朝連れてきてくださいね。」と仰って下さったことも思い出す。
そして何より、娘も息子も今や保育園が大好きであること、先生やお友達との関わりの中で成長し、本当に健やかに幸せそうに日々過ごしていること。
こういうことを色々思い出しながら胸が熱くなった。
本当に良い園に巡り合えてよかった、感謝…
2歳頃までは全肯定をとにかく心がけていたが、言語理解が進んできてからは、「ママはこれが好き」「これは好きじゃない」「悲しかった」「うれしくない」みたいな、人間的な感情も、あくまで主語を明確にしながらだが伝えるようにしている。
今朝、全ての問いかけにキレながら返事をする娘に、今のお返事の仕方はママあんまり好きじゃないかな、もう少し優しくお話できる?と聞いたら、「ママ昨日の夜さ〜娘ちゃんのことはどんな時も大好きだよって言ってたじゃん。怒ってても好きだよって、言ってたよ?」と強かに言い返されて笑ってしまった。
たしかにそう言ったし、その通りだし、もちろん今も大好きだよと伝えた。
そのうえで、でもやっぱりもう少し優しくお話してくれると嬉しいかな…と話したら、「フゥン…」とのことだった。
優しさは強制できるものではない。
だけど、自分が示すことで喜ぶ人がおり、それを欠けばふだんは楽しくできるコミュニケーションも味気なくなったりぎこちなくなったりするのだと、なんとなくでも学んでくれたらいいな。
もちろん、怒ってても癇癪起こしてても大好きよ。
一生ずっとずっと、大好きよ。
保育園に迎えに行くと、娘がおままごとで丸くなり、赤ちゃん役として他の子達にしっかりお世話されていて笑ってしまった。
「ほら、ママ来たよ〜」と、仲良しちゃんに教えてもらっていた。
もちろん実際には困難もあろうし、楽しいことばかりではない(というか本当に楽しいことを為すためには困難は必須)人生だとしても、本音をいうと娘はどんな時もノリで楽しく生きていけたらいいなぁとずっと思っている。
思うだけ。
でも、なんとなくそうなるのかなという気もする。
娘の太陽の女神の如き唯一無二の性質は、少なくとも我が家を明るく照らしてくれているから。
娘のおかげでわたしは明るく照らされているから。
実は流産判明と同時に、子宮頸がん検診で「HSIL(高度扁平上皮内病変)を除外できない異形扁平上皮細胞」が発見されたため、精密検査になった。
今後いつか娘たちがここを見たときに、軽微なものもふくめた親族の症例というのは参考にもなるだろうから、この投稿をベースに検診結果を更新する形で追記していく。
エコー検査、触診を行った。
内容は以下の通り。
・子宮頚管粘液採取
・超音波検査(断層撮影法)(胸腹部)
(・細胞診 …レディースクリニックからの採取材料を提出)
医師曰はく、見たところ子宮内部は綺麗(?)で傷などもないとのこと。
次回検査と併せて今回の検査結果もヒアリング予定。
第1回精密検査の結果は以下の通り。
・臨床診断結果:子宮頸癌細胞診 ASC-H(標本適正:適正/移行帯:有/判定1:ASC-H)
・所見:〔子宮頚部〕変性所見が見られるが、中層~深層型の扁平上皮細胞に核腫大、核形不整、核クロマチン濃染を認める。HSILが疑われる。
・細胞成分量:子宮頚部 表層扁平上皮細胞1+、中層扁平上皮細胞2+、間質細胞内膜few、赤血球2+、好中球2+
コルポスコピーは、診察台で子宮頚部にあたる部分の肉片を採取して検査。
少しの痛みと不快感を伴うが、合計5分程度で終わった。
娘についてきてもらったが、わたしの右腕にしがみついて終始恐怖を訴えていた(すまん)…
前回の検査のより精緻化したものが、次回わかるらしい。
結果は以下の通り。
・臨床診断:CIN疑い* につき、3ヶ月後に再度検診が必要。
*Cervical Intraepithelial Neoplasia:略してCIN、つまり子宮頸部異形成=子宮頸がんの前段階(前がん病変)
・病理組織学的診断:CIN2/HSIL, uterine cervix, biopsy
・所見:SCJ付近粘膜。重曹扁平上皮の下層2/3付近まで異型細胞の増殖が認められ、CIN2/HSIL。
以下は、もう少しかみ砕いた記述。
今回の診断はわかりやすく言えば、このまま悪化して放置すれば癌、ただし完治する可能性もあるというもの。
子宮頸がん検査の結果は大きく分けて「正常」、「異形成」、「がん」に分類され、異形成とは子宮頸部の細胞がHPV(ヒトパピローマウイルス:Human Papilloma Virus)というウイルス感染によって起こるが、「がん」とは違い悪性腫瘍ではない。
子宮頸部の細胞にはマクロファージというウイルスの侵入を監視する細胞が存在し、マクロファージと免疫細胞の連携によってHPVが排除されれば、細胞は正常な状態に戻ることができる。
異形成はさらに子宮頸部上皮内腫瘍(cervical intraepithelial neoplasia : CIN)という概念で、それぞれ「軽度」(CIN1)、「中等度」(CIN2)、「高度+上皮内がん」(CIN3)と3つに分類される。
CIN2の40%は1年~2年の間で自然消失し、20%は進行する。進行した先で数年~十数年で浸潤癌へと至る確率は、現在5%とされる。
参考:子宮頸部異形成 – 新横浜駅徒歩1分の婦人科 アイレディースクリニック新横浜/
以下は、臨床サポートより引用。
疾患情報(疫学・病態)
・子宮頸部上皮内腫瘍(cervical intraepithelial neoplasia、CIN)は、1966年にR.M.Richartにより子宮頸部の異形成~上皮内癌を連続した病変と捉える考え方からつけられた名称で、分化傾向の乏しい未熟細胞が重層扁平上皮の基底膜から表層に向かって広がる程度によりCIN1/2/3と3段階に分類される[1]。CIN1は軽度異形成、CIN2は中等度異形成、CIN3は高度異形成~上皮内癌に相当する。
・CINは、ヒトパピローマウイルス(human papillomavirus、HPV)の感染が密接に関与しており、CIN1はHPV感染の組織像、CIN2はHPV感染の範疇と腫瘍性変化を伴った細胞が混在した組織像、CIN3はHPV感染細胞が腫瘍細胞に移行し置換された組織像と考えてよい。
・子宮頸部の扁平上皮系前癌病変は、異形成、CINの3段階分類のほかに、臨床上の取り扱い(経過観察/治療)により2段階に分ける扁平上皮内病変(squamous intraepithelial lesion、SIL)の分類がある。LSIL(low grade SIL)はCIN1、HSIL(high grade SIL)はCIN2~CIN3に相当する。子宮頸癌取扱い規約 病理編 第4版(2017年)はSILとCINの併記を採用している(例:LSIL/CIN1、HSIL/CIN2、HSIL/CIN3)。
・CINは数年から十数年で浸潤癌に進展する。CINのgradeが高いほど浸潤癌に進展する(CIN1は1%、CIN2は5%、CIN3は>12%)[2]。
参考:子宮頸部上皮内腫瘍(CIN) _ 今日の臨床サポート – 最新のエビデンスに基づいた二次文献データベース.疾患・症状情報
・組織診で確認されたCIN1は6カ月ごとに細胞診とコルポスコピーでフォローする。
・組織診で確認されたCIN2は3~6カ月ごとに細胞診とコルポスコピーを併用して厳重なフォローをする。
・CIN1/2の進展リスク評価のためにHPVタイピング検査を行うことができる。その場合、HPV16、18、31、33、35、45、52、58のいずれかが陽性の病変では進展リスクが高いので、それ以外のHPV陽性例あるいはHPV陰性例とは分けて管理することが勧められる[3]。
・CIN2は妊娠女性を除き、フォローで自然消退しない場合、本人の強い希望がある場合、継続的な受診が困難な場合やHPVタイピング検査でHPV16、18、31、33、35、45、52、58のいずれかが陽性の症例は選択的に治療することができる[3]。
・組織診で確認されたCIN3は治療する。
・妊婦のCINはフォローアップが原則で、どうしても浸潤癌が否定できない場合のみ診断的子宮頸部円錐切除が許される。
・妊婦のCIN3は細胞診、コルポスコピー、生検組織診で微小浸潤癌以上の病変の疑いのない場合は、分娩後まで円錐切除を延期することが可能である。
・妊婦のCIN3は、細胞診、コルポスコピー、生検組織診で微小浸潤癌以上の病変の疑いのある場合は円錐切除術が必要である。
イレギュラーだが、③までの病院は個人的にはあらゆる対応が遅く手違いも多かったため、子らを分娩した東京医大病院に転院した。
転院にあたっては③の病院からの紹介状を発行してもらい、コルポスコピーの結果を持参してゆく形だった。
担当医はレーザー治療施設のある浅草・佐々木医院の若い医師。
転院元の病院ではHPVタイピング検査は未実施だったため、こちらで実施してもらうことに。
今回コルポスコピーではなく細胞診で大丈夫とのこと。
結果はおよそ2週間後にヒアリング。
HPVタイピング検査の結果、ハイリスク型の18,39が見受けられたためレーザー治療を推奨された。
リスクにおいて18は2番目、39は6番目のウイルスにあたる。
これまでの研究で、子宮頸がんでは特殊な症例を除き、HPVの持続感染が原因で生じる異形成(前がん病変)を経てがん化することが明らかになってきました。HPVは現在100種類を超える型に分類されていますが、その全てが子宮頸がんの原因になるわけではありません。主に子宮頸がん発生に関連するHPVは13種類(16、18、31、33、35、39、45、51、52、56、58、59、68)であるとされハイリスク型と呼ばれています。
18型は特に変異リスクが高く、1年以内に癌に移行するケースもあるため早急に治療をとのことだった。
担当医の本所属病院である佐々木医院(先述)に紹介状を発行してもらい、次回レーザー治療を実施する運びに。
レーザー治療によって完治できるかどうかは不明で、経過によっては2度の治療が必要になる可能性もある。
また、治療を行ってもおそらくパートナーがウイルスを保持しているだろうから再感染となる可能性があり、それを予防する目的としてわたし側の子宮頸がんワクチン接種は推奨、および場合に依っては男性側にもワクチン治療も可能とのことだった。
ただ、治療後の経過によって後の対処は変わるため、追々の対処となる。
不正出血が続き、これまでに4回リスケを行った結果当日となった。
転院先の病院で日帰りでレーザー治療を実施。
以下は、配布された書類に記載の内容。
<手術の目的>
子宮頚部の細胞診・組織診で異型細胞(異型上皮)を認めた方に行う手術。この手術により、病変部位をCO2レーザーで焼灼し異型上皮の増殖をおさえる。
<麻酔方法>
麻酔を使用しない。
<手術方法>
子宮頚部をCO2レーザーで焼灼する。
焼灼断片からの出欠部位を確認し手術終了。
手術時間は約15分。
<起こりうる危険性・合併症>
1.出血:子宮頚部を焼灼後、血性の帯下が2か月間続くこともある。
2.感染症:焼灼部位(やけどと同じ)から細菌などで感染すると、発熱や腹痛の原因となることがある。感染予防として手術後に抗生剤を投与。
3.再燃率:HPVによる感染により発生した場合、現存からの再燃率が10%弱ある。
実際の手術手順と体感↓
1.コルポスコピーを実施し、その場で結果を観察。状況は変わりなく、同時にポリープ検査もしてもらい、腫瘍などはないことを確認。
異型については、想定よりも頚部の奥深くまで見られるため、なるべく開いた状態でレーザー治療を実施することに。レーザー前に麻酔目的で座薬を投与。
2.レーザー治療を実施した。
CO2レーザー中は光線が目に入ることを防ぐためゴーグル着用、および焼灼されたウイルスが飛散しそれを吸引することで咽頭がんリスクも高まるため、吸引設備を使用とのことだった。(この点は初めて知った)
子宮頚部は一般には痛みの感覚が鈍いと言われており、それゆえ麻酔不要に同意したが、強めの生理痛のような感覚を伴う手術であった。(婦人科系の診療全般にいえることだが、我慢できないほどではない不快感と、内臓をじわじわ弄られる鈍い痛みに近い)
自分の場合、頚部奥まで病変が見られたため「少し痛いので、きつかったら教えてください」と事前に断りがあり、術中も医師は何度も大丈夫かどうかを確認してくれ、治療後には「痛みに強いですね」と労ってくれた(個人的には痛みに強いというよりも痛みを今更訴えたところでどうしようもない&治療するのが最善のため耐えただけだった)
3.術後には止血処理を施され、以下を処方され帰宅。
・セフカペンピボキシル塩酸塩錠100mg「SW」 …4日分
・アドナ錠30mg …4日分
・トランサミン錠250mg …4日分
・ビフロキシン配合錠 …14日分
・チョコラA錠1万単位 10,000単位 14日分
1-3まで全体の所要時間は、間の待ち時間含め2時間程度だった。
自宅での術後経過メモ:術後2日間は出血なし、3日から焼灼後上皮がぽろぽろ排出される程度。その他は通常の不正出血のみ。
来院しての結果ヒアリング:再度問診があり、経過は良好とのこと。
傷の治りも通常より早く、不正出血以外の出欠はないため再度止血剤を投与するのみとなった。
次回は9月初旬に再度経過観察となる。
息子、ふだんの書類の並びを覚えていて、たまたまバラけているものをふだん通りの並びに変えたりしている。
もちろんグチャッとなったりはするのだが、順番を整えて満足げな顔になるところなど本当に可愛くてたまらない。
賢いなぁ。
恐らく7週だった。
そして正確には妊娠確定もしておらず、終了すら未だ通院前なので推測にはなるが、もう生理1度分くらいの流血があったので、これでまだ卵が無事なら逆に恐ろしい。
久しぶりに1日中泣いたが、こちらには記録として残しておく。
妊娠に気付いたのは、1月の下旬だった。
家庭用検査薬で陽性となり、ただあまりにも自覚するかぎり週数が早かったので、通院には2週間待った。
2月1日に産婦人科に伺って、卵胞を確認。
おそらく5週目にあたり、発育速度としては問題なし。
2週間後に再度検診で心拍が確認できれば妊娠確定となるとのことだった。
3人目は、ずっと欲しいと思っていた。
個人的な「欲しい!」もあるが、上2人の子にも良いバランスをもたらすだろうと考えていた。
特に娘にとっては、良い影響があるだろう。
弟が来てからやはり寂しい思いをさせることは増えたし、あからさまに自分夫との2者択一の場面で両親を取られる感覚が根付いているようだが、同時に彼女の中に庇護欲が芽生え始めているのも感じていた。
だからこそ、「自分とは異なる小さな存在」が増えることで「自分」との存在の明確な境界線が引ける(気が楽になる)だろうと考えた。
弟は元々気も優しく、既に他人をいたわったり何かを与えたりができる子なので、下の子が来たらそれほどストレスなく、穏やかに仲良くやれるだろう。
なにより幸せな授かりものに、年度末までの計画を一気に変えた。
つわりがあまりにも軽く、娘の時が思い出されたし、女児だろうと確信した。
夫が、まだまだ早いけどと言って名前を決めてくれた。
「ゆきこ」と呼んだ。
3人目は2人目以上に手は割けなくなるだろうから、強い子になる。
そうでなければ生きていけない。
全力で守るから、がんばって育ってねという気持で準備に望んだ。
6週目の終わりの木曜夜、おりものに少量の褐色血液が混ざるのを確認。
色が暗いため出血から時間がたっており、時期的にも着床出血(息子の時にもあった)だろうとそのまま経過観察。
だが、翌朝には鮮血とともに痛みが発生。
産婦人科に即連絡すると、三連休前ですし鮮血なら急いできてくださいと、予約なしで来院を許可してくださった。
診察台で中を見てもらい、「だいぶ出血量が多いですね…」と医師がつぶやくのを聞く。
「ここに赤ちゃん、いますね。」と見せてもらったのにほっとしつつ、胸がざわついた。
初期流産は、遺伝子の異常によるものが多く、卵が発育できないといった原因で流れてしまうのが主だという。
「卵は成長していますから、このまま流血がつづいて流れてしまうのを止める必要があります。」
「週末はご安静に。お出かけなどはやめて、なるべく横になってください」
とのことで、止血剤を処方されて帰宅した。
帰宅してから、痛みが一気に増した。
血液の量は、とどまることなく増え続けた。
下腹部におぼえのある痛みがあり、わたしは卵胞の映像を思い出していた。
大きくはなっていたが、心拍が目視できなかった。
本来の通院予定日までは5日ほどあったが、おそらく今日見て心拍が確認できるのではと思っていた。
生理痛に酷似していた。
不要になった子宮内膜を排出する痛み。
考えたくない、考えたくなかったが、頭をよぎる「もう亡くなっているのではないか」という予測で、帰宅した夫の前でわんわん泣いた。
生まれて初めて、ネガティブな予想が真実味を帯びすぎて、それを口に出してしまった。
その日は痛みと恐怖で起床できず、12時間ほど寝続けて夫が子どもたちの世話などすべてしてくれた。
薬の効果はまったくないように思われた。
なんども夢を見て、夢の中でも可愛い名前を呼んでいた。
夜中、翌朝にも出血量は増え、生理1日目くらいは出きったなというあたりで、血液に塊が混じり始めた。
あぁ、やはりか。
医師は、対処法のみで見通しを語らなかった。
あの時にもう亡くなっていたのだ。
母体特有の感覚というよりも幻想に近い者かもしれないが、胎内の意向が感じられるようだった。
異物を排除しようという強制的な痛み。
このあたりで、もう確信を得ていた。
ゆきこ、守ってあげられなくてごめんよ。
夫がまさにそう考えるであろうわたしの気持ちを先読みして、暖かい言葉をたくさんかけていたわってくれ、身勝手にもまた泣いた。
夕方あたり、前駆陣痛のときを思わせる生理より少し重めの痛みが襲ってきた。
同時に、何度か大きな塊が排出される感覚もあった。
それとともに、痛みは悲しいほどに落ち着いた。
実感的には、通院などもう必要ないように思う。(もちろん週明けにする)
今は後悔しかない。
卵胞が育っていたのなら、問題は母体にあったはず。
明らかに、わたしは1日安静にしている妊婦ではなかった。
妊娠がわかった時点で休暇を取るなど、できることがもっとあったかもしれない。
防寒にも、さらに念を入れるべきだった。
せめて、この経験を学びに変えて、次こそは計画的に進めようと思う。
夫が「一緒に生きて行きましょう。」と言って抱きしめてくれた。
ゆきこ、本当にごめんなさい。
お腹に来てくれてありがとう。
また、あなたのことを待っている。