地震来たらどうする?

変な人居たらどうする?

と娘に聞くと「ママ呼ぶね!!!」としか言わなくて泣きそうになる。

まだわからないのは大丈夫。

頼ってくれるのもうれしさしかない。

ずっとわたしが守れたら良いのになぁ。

息子の可愛さがちょっと常軌を逸してきて、いよいよ困った…

まいった、こんなはずではなかった…

こんなに可愛いことを予測していなかった…

でも、娘の時もそうだった…

同じ想定外をずっと繰り返し、わたしはずっと驚いて戸惑っている。

娘の癇癪を、夫が「俺は昔を思い出すとすごく気持ちわかる。全てに苛々するし、ムカつくし、どうしたら良いかわからないんだよな…」と涙ぐんでいて、感情的な理解者が近くにいるのを心強く思う。

娘が幸せに生きられますように。

皆が幸せだと娘も幸せなのかなとわたしは思いがち(自覚する傾向)だが、やはり何よりもわたし:母親自身が、真の意味で彼女の最大かつ一番の味方であるべきだろう。

精進しよう。

そして考えよう。

娘のダンススクールは、2軒目のところにした。

もちろん常に様子見で今後変わったり辞めたいする可能性はあるが、娘自身はどちらも楽しそうだったこと、2軒目のほうがプログラムがきちんと機能していたことがいったんの決め手になった。

楽しめると良いな。

娘のダンススクール見学に行ったのだが、微妙すぎて悶えそう。

同年生と一つ上の子たちが9名ほどのクラスで、素人目にはほとんど収集が付いていないように見えた。

ただ、要所要所で講師の言うことを聞いたり真似したりができている子も居たり、娘は時々指示に従うなどしていた。

幼児ならこれが限界なのだろうか?と思う反面、以前幼稚園のクラス見学に行ったときの統率ぶりも思い出されて、やはり幼児教育の素養のある講師ならもっとうまくできるのではないかとも…

明日も別教室で見学なので、もう少し悩もうと思う。

今週は園の保護者会があり、娘のクラスも息子のクラスも、初めて顔を合わせる親御さんや担任の保育士さんたちと話す機会があった。

印象的だったのは、0歳児の保護者会での園長による「保育士達は、親御さんがご家庭で注がれるのと同じように、大きな愛情を以て子どもたちと接することを、なにより大切に動いてきました」という言葉。

内部の者を公然と褒める姿勢は日本ではあまり多くないかもしれないが、個人的には子らと接してくださっている保育士さん方へのリスペクトが感じられてとてもうれしかった。

以前、娘のことで家庭であまり時間が取れていないことを相談した時、「ご家庭の詳しいご事情や問題は、残念ながら私達には関与できません。ですが、”とりあえず園に連れてきていただければ大丈夫”と思って欲しいです。園でのことは私達が何とかします。集団生活なりの難しさはあるかもしれませんが、子ども達が健やかで楽しく過ごせる環境を全力で作りますから、どうか安心して、大船に乗った気持ちで毎朝連れてきてくださいね。」と仰って下さったことも思い出す。

そして何より、娘も息子も今や保育園が大好きであること、先生やお友達との関わりの中で成長し、本当に健やかに幸せそうに日々過ごしていること。

こういうことを色々思い出しながら胸が熱くなった。

本当に良い園に巡り合えてよかった、感謝…

2歳頃までは全肯定をとにかく心がけていたが、言語理解が進んできてからは、「ママはこれが好き」「これは好きじゃない」「悲しかった」「うれしくない」みたいな、人間的な感情も、あくまで主語を明確にしながらだが伝えるようにしている。

今朝、全ての問いかけにキレながら返事をする娘に、今のお返事の仕方はママあんまり好きじゃないかな、もう少し優しくお話できる?と聞いたら、「ママ昨日の夜さ〜娘ちゃんのことはどんな時も大好きだよって言ってたじゃん。怒ってても好きだよって、言ってたよ?」と強かに言い返されて笑ってしまった。

たしかにそう言ったし、その通りだし、もちろん今も大好きだよと伝えた。

そのうえで、でもやっぱりもう少し優しくお話してくれると嬉しいかな…と話したら、「フゥン…」とのことだった。

優しさは強制できるものではない。

だけど、自分が示すことで喜ぶ人がおり、それを欠けばふだんは楽しくできるコミュニケーションも味気なくなったりぎこちなくなったりするのだと、なんとなくでも学んでくれたらいいな。

もちろん、怒ってても癇癪起こしてても大好きよ。

一生ずっとずっと、大好きよ。

保育園に迎えに行くと、娘がおままごとで丸くなり、赤ちゃん役として他の子達にしっかりお世話されていて笑ってしまった。

「ほら、ママ来たよ〜」と、仲良しちゃんに教えてもらっていた。

もちろん実際には困難もあろうし、楽しいことばかりではない(というか本当に楽しいことを為すためには困難は必須)人生だとしても、本音をいうと娘はどんな時もノリで楽しく生きていけたらいいなぁとずっと思っている。

思うだけ。

でも、なんとなくそうなるのかなという気もする。

娘の太陽の女神の如き唯一無二の性質は、少なくとも我が家を明るく照らしてくれているから。

娘のおかげでわたしは明るく照らされているから。