息子と遊んでいる娘が「ガルルルルル…パンどろぼうだぞ!食っちまうぞぉ!ガルルルルルグワァァァァ!!!!!」と唸るのが聞こえてきたけど、パンどろぼうそういうんじゃなかった気がする…
カテゴリー: 溜息
ハッとしたときに呟くTwitter代わりの短文メモ
仲良しちゃんと毎日遊ぶけど、2人とも自己主張強めで毎日ぶつかって喧嘩する娘。
仲良しちゃんのお母さんが娘の頬を優しくなでながら
「いつもありがとうね娘ちゃん。◎(仲良しちゃん)とこれからも仲良くしてやってね」
と言ってくれて泣きそうになった…母娘ともども成長したいな…
息子、1週間でずいぶんと歩き方がスムーズになり(もちろんまだてちてちしている)、色んな場所を見て回れるようになり、滑り台の階段を自分で登り、下りも危なくない滑り方(後ろ這いになり、足から降ろしてうつぶせのまま後ろから降りるやり方)を自分で編み出していてすごかった。
娘の鼻をかむ様子を見ているからか、自分でもおしりふきをシャッシャ!と取り出し、鼻に当ててフンス!といきんでおりたまらない…
お風呂のシャワー/蛇口の切り替えも自分で丁度良い強さを見出し、シャワーヘッドの角度を下の方からホース?をくるくる回しながら調節していて面白かった。
びしょ濡れでも実験をやめないマッドサイエンティスト。
2人目は強いとは、こういうことかしら。
娘、無事おしりたんていにどハマリ。
オープニングをずっと思っていて本当に可愛い…
息子が久しぶりに鼻水垂らしていたので大急ぎで風呂に入れて大急ぎで寝かせた…
本人は楽しそうなので1人だけ先に寝かせるのに罪悪感抱きそうになる。
よく寝て、元気になって、明日も楽しく遊べますように。
最近息子が持ってくる絵本、読み聞かせの流れでぎゅ~とハグするものが多くて本当にかわいい…
昨日も、降園時にお友達と大喧嘩の娘。
「△ちゃんだいっきらい!もうあそばなーい!」と絶叫してお友達を泣かせていた。
先生の仲裁を見ていて気づいたことがある。
「娘ちゃん、△ちゃんになにか嫌なこと言われた?」「言われた」「なんて言ってた?」「〜…って…」「それ今じゃないよね、お昼寝のあとじゃなかった?」「そう…」「それを思い出して嫌な気持ちになっちゃったのかな?」「うん…………」「本当に、嫌いなんじゃないよね?好きなところもあるよね?」「ある…………」
ネガティブなときはまぁ、すべてがネガティブの理由になりやすいとして、この原理は一理ある気がした。
もしかすると娘は、頭を満たす記憶の中で、ネガティブなものを多く思い出しやすいかもしれない。
これは夫を見ていても常々感じることで、いわゆる「ネガティブ思考」ということになるかもしれないが、となると色々やりようもある気がする。
一つには、思い出しやすい「(本人にとっての)ポジティブな要素」を繰り返し体験してもらうこと。
大好きな活動やアクティビティの記憶のほか、それこそ親の声掛けによる嬉しい気持ちも含まれるのではないか。
そして、そういうポジティブな要素が、比較的傾性的に発生しやすい娘のネガティブになんらかの良い影響を与えるのではないかと予測する。
一つの取り組みとして、思いつくままではなく”ある程度選定した”褒め言葉を繰り返し掛けてみることにする。
娘の特性にもマッチしつつ、少し希望も込めて「優しいね」「賢いね」「頑張っていてすごいね」の3つで試行する。
イヤイヤ期息子、親の箸を使いたくて奪い取り、取り上げられるとギャン泣きで夕食のお皿に顔面から突っ伏して全力の抗議。
そ、そこまで?!と笑ってしまう…
息子、バックルをガチャットやるのにハマってしまい、気がつくと娘のリュックもベビーカーの紐も施錠されてしまっていて本当に可愛い。
意外と、力が強い…
昨日のことだが、園に迎えに行くと、娘がさり気なく棚に置いてあっ た(おそらく他の子の) 創作物を手に取って駆けてきた。
それ娘ちゃんの?と尋ねると、元気よく「うん!娘ちゃん作ったの」 と言う。
本当?年長さんの棚にあったけど、お友達が作ったものじゃない?と尋ねても、若干意固地になりながら違うという。
年長の先生に確認すると、別の子が作ったものだということだが、その子は既に降園して不在だった。
悩んだが、担任の先生に相談した。
先生はちょっとこっちおいでと娘の手を取り、「これ◯◯ちゃん (娘)が作ったの?」「うん」 「先生、嘘は本当に嫌だから本当のことを教えてね。もう一回聞くよ。これは◯◯ちゃんが作った?」 「そうだよ!」 「…そうか、わかった。それじゃ先生◯◯ちゃんのこと信じるね。◯◯ちゃんが嘘ついてたら凄く悲しいから、それは覚えておいてね。このおもちゃ、今日は持って帰っていいよ。でも明日も持ってきてくれる?△△ちゃんも、自分が作ったって言うかもしれないから。」
とのことで、家に持ち帰った。
こういうことは、これからもきっとあるだろう。
向き合い方の一つの方法を学ぶ良い機会だった。
なにより、嘘というものは真相を見抜き (証明し) づらいことがほとんどであるし、それをどこまで追求するか。
今朝再びそれを持って登園した娘は、今頃何を経験しているのだろう か。