最近の発見

「一緒にやってみせると成長速度が3倍(体感)」。

帰宅後の手洗いうがい(うがいはまだできない)然り、食事でのカトラリーの使い方然り、風呂での髪の洗い方然り、歯磨き然り、これまで娘のケア第一で受け身にさせてきた部分を、少しずつ本人がやりたがるに任せるようになってきている。

生活スキルの達成速度について、平均を意識することはふだんあまりないが、こと食事については、娘はずいぶんと遅い方だと冷静に思う。

その理由を、元々食べるものに対してあまり興味がない子なのだなと認識していたが、どうやら隣で食べるわたしの食の細さが原因かもしれないと最近思い至った。

なぜなら、一緒にもりもり食べるふりをすると、娘も楽しそうにイキイキと真似してこぼしながら食事し始めるのだ。

ただ、可愛くも誤算だったのが、わたしの真似をしたすぎるのかこれまでわたしが娘にしてきた「あーん」を、わたしを「あーん」の対象にして完全模倣してくることだ。

娘の皿にのせたものは今、ほぼわたしの口に入る。

「ママたべる~?」が可愛すぎて拒否れないわたしも弱い…

貴女との食事は、幸せ過ぎて味がようわからんよ。

診断結果:肘内障(完治済)

少し前に、ようやく娘が眠った。

結論からいうと、「肘内障」になった可能性が高いが、今は骨・関節ともに問題ない状態らしい。

きっかけと初期症状

昨日、父母との夕方の散歩中、わたしの右手と自分の左手とを繋いだまま全体重をゆだねてぶら下がり、そのまま地面に寝転びそうだったのでわたしが引き上げたのだが、その後暫くして左手を指し「痛かったー…」と静かに泣き始めた。

その時点で念のため両腕が肩、ひじの関節で動くかどうかを上下に確かめ、手指の稼働は握ったり開いたりで確認をした。

自分から手も挙げられ、ぐーぱーもやっていたが、一旦ベビーカーで寝て起きてから、ふたたび痛身を訴えながら泣く。

夜~明け方

以来、今朝まで左腕全体をかばうようにして自ら使おうとしなかった。

食欲は普通にあり、夕食も食べて水分もよくとったが、夜も眠れぬようで、途中何度も目覚めては痛いと泣き、時々縦抱きで腕を垂らしたまま落ち着かせるなどして、合計数時間程度は寝かせた。

これほど長く痛がること自体初めてで、かわいそうすぎて、夕方病院に直行しなかったことを悔いた。

通院と診断結果

今朝、整形外科に連れて行った。

まずは柔道整復師に腕の可動を診てもらい、物理的には動くことが確認できたものの、本人が痛い痛いと泣き続けるため念のためレントゲン撮影も実施。(ギャン泣き)

医師の診断を経て、放射線撮影画像より骨や靭帯に異常はないことまでは確認できた。

ただ、現時点で骨などに異常が見られなくても、昨日の状況説明から察するに、「肘内障」になり完治した可能性があるということだった。

肘内障(ちゅうないしょう)とは

肘内障は、多くは5歳以下の子供に発生するもので、肘の靱帯から肘の外側の骨(橈骨頭)がはずれかかることによっておこる病態。子供が手を引っ張られた後などに、痛がって腕を下げたままで動かさなくなるなどの症状がある。

参考:「肘内障」|日本整形外科学会 症状・病気をしらべる

記述を見ると、確かに今回のケースに近い。

この病態は、一旦起こると、今後6歳までは繰り返し発生する傾向があるらしい。

現在の娘

この診断が下ったのが正午過ぎあたりで、以来先ほど眠るまでやはり左手は使おうとしないままだった。

肘内障は、治った後は普段通り過ごせるはずだが、病院から帰宅しても変わらず。

痛みの記憶があるのか痛みが長引いているのか、この辺りは判然としない。

ただ、昨日泣いていた状態と比較すると、泣きはせず、おもちゃで遊ぶ様子も見られる。

気落ちしているのもあるのか、全体的に元気はなく歩き方もとぼとぼしており切ない。

医師曰はく、「本日中に腕を挙げようとするかよく見ておいて欲しい」とのことだった。

体力が心配だったため1時間ほど寝かせるが、起きてから再度様子を見る。

未だ言葉が満足に話せない娘はこういうとき大層心細くもどかしいだろう…

幼児らの独話

幼児が二人以上居るとき、直接会話にはなっていなくても互いの言葉を拾って各々好きに話し始めるようなことがあり面白い。

今日、公園で幼児用ブランコに乗せられた娘と、隣に座っていた3歳ほどと見受けられる女児が

娘「あっ、へりこぷたー!?」

女児「へりこぷたーじゃないよ。飛行機だもんあれ」

娘「ひこーき。高いね~」

女児「ひこーき〜」

娘「ひこーき!」

女児「ひこーき、ブーーン!!」

娘「…………ブーーーーーン…(小声)」

と二人で高い青空を見上げながらやりあっており狂おしい愛らしさだった。

互いは互いを見ることもなく、さながら独り言が2つ。

わたしは、相槌を打つか打つまいかでじっとり悩んだ末静かにしていた。

隣の親御さんも静かにしていらっしゃった。

今日も1日を通して娘は破茶滅茶に可愛い。

少し運動不足が続いたからか、頬が膨らんできて、なんとなくエキゾチックショートヘアの仔猫に似ている。

はー可愛い。可愛いわ。

幸福な土曜

今日は、娘の習い事の後に二人でちょっとした外食(めずらしくレストランの前でわたしの手を引いて行きたいアピールをしてきたため)をして、帰りは近場の公園で遊び、帰ってからはおやつを食べ、一緒に絵本を読むなどした。

それで結構体力ゲージは減らしたと思っていたのだが、帰宅してからも終始一緒に遊びたがり、一人あそびを嫌がり、そもそも抱くのをやめると途端に大泣きする日でもあった。

いつもなら躓かないような小さなひっかかりでつまずいてよく転んだ。

机のへりにむかってピタゴラスイッチみたいにきれいにクリーンヒットをキメてギャン泣きもあった。

いずれも傷にはならなかったが、こういうことが頻繁に起こる日で、結局目を離せもしなかった。

疲労からということでもなさそうで、元気に過ごしながらなんやかんやと母にくっついて仕事の兆しがあれば全力で邪魔に入ってきた。

やろうとしていた仕事にはほぼ手が付けれらず、今から着手するところだ。

こういう日は時々あり、正直に言うと、普通にしんどい。

今後の数時間を思うと憂鬱だし、寝るか仕事するかの時間が物理的に増えて欲しい。

そうしたら娘と過ごす時間だって削らずに済む。

でももっと正直に言うと、幸せすぎて全く辛いとは思えない。

ギャン泣きする娘を真顔で見つめながら夫がかつて口にした「俺、全然平気なんだよなぁ…👠ちゃんと違いすぎて、俺がおかしいのかなぁ…」を思い出す。

わたしも前は当たり前にそうだったのだが…

大人だろうが子どもだろうが泣き顔は泣き顔として笑顔のようなもので、うるさいなと思いこそすれそれで心が動かされて苦しいなどということは全然なかった。

今はどうだ。

「だっこ!!!」と叫んで手をのばす姿、そのまま仁王立ちでズイッとこちらにアピールしてくる姿などを見ると可愛すぎて笑ってしまうし、笑ったらもう負けだ。

あるいは、そのまま泣き始めることも多く、泣く時特有の目元や口元の皺が娘の顔面に寄り始めた時点で、ジワジワと心が落ち着かなくなる。

居ても立っても居られない。

娘はというと、わたしが彼女を抱き上げたからといって、ハグをする以外特に何をするわけでもないのに、ぺったりと頬を押し付けてくる。

一体どうなっとるんだ~~~~~この可愛さは…

1日通してわたしの仕事には厄介に付きまとい追い払ってくれたわりに、いざ就寝時刻を迎えてベッドに運ぶときになったら、特にわがままを言うでもない。

おもちゃを片づけながら、一つ一つこちらに向かって確認してくる。

「くれよんおしまい?」うん、おしまいよ。

「らいおんさん(ぬいぐるみ)おしまい?」うん、おしまい。

「プレゼント(で与えたピアノ楽譜とピアノの練習)おしまい?」うん、えらいねおしまいだね。

「おうまさん(木馬)…おしまい?」そうだね、おしまいね。

さぁ寝よっかおいで、と抱き上げると今度は液体のようになっていて、もう眠いらしかった。

ベッドに寝かされて、小さな声で「ずっとずっとだいすきよー」と言ってくる。

娘によって仕事ができなくなるくらい一体何だと言うのか…わたしはバカだな。

この姿を近くで見られて幸福な土曜でした。

さて仕事しよう!

本日の娘まとめ

遅めの朝食だったが、それ以降は家で遊び、ランチをして、公園や図書館に行き、帰ってからは新しく届いたディズニーのDVDを観て、穏やかな1日だった。

図書館に行った

久しぶりに比較的大規模な図書館に連れて行った。

楽しすぎたらしく、次から次へと本を持ってきては無限に読んだ(わたしが)。

これも久しぶりに、テンションが上がりすぎて走り回るのを止められない状態になった。

読み聞かせの途中「や、や、や、やめとく、!!!」と無残にも閉じられる本が半数ほど。

未だ好みははっきりわからず。

アンパンマンブームは健在だが、やなせたかしの古い絵柄への食いつきは良くない。

というか絵本、無限に面白いな…

乾燥と爪の鋭利さで引っ掻き傷多数発生

洗濯洗剤の成分には気をつけており、入浴時肌髪への石鹸も使用しない。

ただ、衣服にせよ皮膚にせよ洗い残しの可能性がある。

また、爪の伸びる速度が早くなってきたので切る頻度を増やす必要がある。

保湿用のオイルはオーガニックのものをいくつか変遷したが、つなぎとしてミネラルオイルを使用したのが良くなかったか…等々原因は今のところ同定しきれていない。

皮膚科に通うほどではないと判断し、代替で近場の薬局でAvèneを初購入。効いてくれ、頼む。

発話のバリエーションが増えた

娘は発話が早い方ではないと思うが、よく本を読むのでそれほど心配していない。

最近頻出するものは以下の通り。

「●ちゃんかわいいねぇ!!!」…たいてい通りすがりの人を指して言う。

「やめとく!!!」「やめとこう!!!」…「おしまい!!!」からこちらに移りつつある。わたしがやめとく?やめとこう!と繋げるのでこうなったと思われる。

「ちょっとこわいみたい…」…絵本から転用された恐怖表現。恐怖確定ではないときに使うのは多分わかっており、小さな声で呟いてダッシュで脚にしがみついてくる。僥倖…

「やっほー!」…なぜかハマって部屋の中で絶叫する。頬の横に当てる手は平手ではなくなぜか拳。それじゃぶりっ子ポーズやでぇ姫

「こぇなにー?」…「これなに?」に同じ。発話は比較的はっきりするほうなのになぜ「これ」ではなく「こぇ」なのか、と不思議に思っていたが、何気なく撮影した過去の動画を見返していたら、母であるわたしが娘に向かってばっちり「そぇなにー?」と聞いていた…完全にわたしのせいじゃねーか。

とにかく今日も娘は可愛いのだった。

「だっこー!!!」

娘が「だっこー!!!」と怒るのが、気の毒だけどかわいくて好きだ。

もちろん怒らせたいのではない。

わたしの仕事が基本フルリモートなので、起きている間は四六時中一緒に過ごしている。

だから視線は常に向けておける。

危険があれば止めに行けるし、泣けば抱き起しに行ける。

とはいえわたしが仕事に完全に集中する時間帯もあるわけで、そういう時は定点の監視カメラで娘を見ながら、わたしはPC画面をにらみっぱなしになる。

その間娘は傍で一人あそびをしているか、ディズニー映画を見るかしている。

時々、チャイルドガードの柵にもたれかかってじっとこちらを見ている視線に気づきながら、PCから目を離さず作業したりもする。

娘は物分かりが良く、すぐにぐずるといったことは多くないが、それでも暫くすると何だかんだ焦れてきて、構って欲しいアピールをし始める。

それでも放置している(繰り替えずが意地悪な意図ではない)と、ある時檻に入れられた動物園の動物よろしく、柵をガシっと掴んでこう叫ぶ。

「だっ…こー!!!!!!!!!!」

かわいすぎてその時点でわたしの集中時間は終了する。

ごめんお待たせ!と謝りながら抱き上げて部屋中を連れまわし、抱きしめて大人用ベッドに一緒にダイブして全身をくすぐる。

お腹の上にのせて娘を見上げると、たいてい満面の笑みで、ときどき「してやったり」の顔をしていたりする。

母は弱い。

優しさはどこから?

娘が寝入り間際の「大好きよ」「ずっとずっと大好きよ」「ぎゅー」をマスターしてしまい、本格的に生活が詰んでいる。

ベッドのそばから離れられないし、永遠にベッドの柵越しに「ママのほうが500億倍大好きよ!!!」「ずっとずっとずっとずっと大好きよ!!!!!」「ぎゅうぅぅぅぅううううう!!!!」等々やってしまい、仕事が手につかない。

娘が優しい

娘に自分が持ちうる優しさのようなものを、自分が持ちうる限り与えようと試みていたら、娘が最近それをちょっとずつ真似るようになってきた。

いわゆる”優しさの表現”をしてくれることが増えている。

わたしが疲れて臥せっていると「だいじょうぶ?」と尋ねてきてくれたり、地震でバタバタとケージの中で暴れるインコに向かって「🐥ちゃんこわくないよー」「だいじょぶよー」、普段の姿には「かわいいねー」「すきよー」と声を掛けていたりする。(カワイイ)

優しさの原点

されるたびうれしくて幸せで昇天しそうになるし、優しい子に育っているわとうれしくなったりもするが、それ以上に、優しさの表現や他者へのGive的な行動の原点は、たんにこういう真似=イミテーションによるところなのかもなと実感する。

先の優しさの表現に関しては、おそらく娘自信が深く考えて行動を選んでいるというよりも、「母親もこれをやっているからたぶん危険とかじゃないんだろう。とりあえずやってみっか」くらいのものだと思う。

怯えたりパニックでない時、好奇心に突き動かされて子どもは色々な新しいことをやりたがる。

だから、そもそも自分が他人から何かを与えられており、その後自分と同じような立場の誰かを見つけたら、自分が最初与えられたように、その人に与えてみようとしたがる。

「自分がされたことを、次は自分もトライしてみよう」こういう動機は、かなり自然であって、人間が社会参加・形成する生き物である所以を見る気がする。

だいだい、娘は話し方や声のトーンがわたしにそっくりだし、姿勢まで寄せてきているし、なにより楽しそうに真似ている。

継続的にそうあるためには

例えば、娘の優しい行動を見たわたしは、優しいねぇ!ありがとう!すごいすごい!とべた褒めする。

すると娘はにっこり安心したように笑い、次も似たような行動をする。

こうした流れが出来上がり、行動が習慣化し始めている。

このようにして、例えば優しい人が出来上がっていくのかもしれない。

未だ2歳にして子育ての成功例を披露したかのようだが、もちろんこれは現段階での話であって、要するに娘のアクションについてもわたしの反応にしても、継続性が重要だろう、という推察だ。

習慣化によっては、意地悪な行動ふくめ様々な方向性を身に付けるだろう。

こういうことを、娘を見ていると感じる。

まとめ

優しさに関しては、こういうわけだから、そもそも自分の内側や心の中から自然に生じるものというよりも、信頼できる誰かを真似る=イミテーション的なロールプレイに端を発し、それをやってみた結果快感が得られれば継続的にそれをするようになる、そして様々な実践的場面を自ら経験することを通して、その行動のもつ意味や機能を学んでいくのだろう。

大人を見ていると、とっさのアクションとして優しさを示すことが出来ない人や、性根が吝嗇に凝り固まったのが隠せない人というのをたくさん見る。

そういう人は、今に至る幼少期や人間形成にとっての重要な時期に身近な人から十分に優しくされなかったか、されたとしてもそれを上回る不足や不安で、受け取った優しさを次に回す余裕がなかったのかもしれないと思う。

だからこそ、今後も娘には、娘にとってより良い行動を習慣化させられるようアクションを起こさせ、それを褒められたり評価されたりといった体験を、親として沢山積ませてやらなくてはならない。

願望多めの話になるが、ようするに教育の重要性を感じる出来事が最近多すぎる…

多めに泣いた日

今日は娘がいつもより多めに泣いた一日だった。

朝目覚めたタイミングでちょうど母が仕事に出発する場面に遭遇して泣き、

昼には寝起きで父の顔を見て泣き、

夕方には父母と出かけて母と手を繋げず(危ないからと途中で引きはがされて)泣き、

帰宅してからは父にわがままを言いながら駄々をこねて泣き…

とにかく、いつもより沢山、いつもより些細な事で泣いた。

最近自我がはっきりしてきて、いわゆる「わがまま」や「駄々をこねる」が増えたが、それでも娘はかなり聞き分けが良い方だと思う。

イヤイヤ期で大変すぎて困るといったことは今のところない。

だからこそというわけではないが、希望することは、不都合やあまりためにならなさそうという場合でなければ、なるべく叶えてやりたいと思う。

それでも本人的には虫の居所が悪いような日もたまにあり、そういう日にはこうして多めに泣く。

風呂から上がり、買ってしばらく置いておいた(出すのを忘れていた)新しい本を見つけたとき、「うへへへぇぇえうふふふふふ!!!!!」と嬉しそうにわらってテンションが上がっていた。

湯上りのお茶を飲ませる間もなく、本を持ってベッドによじ登ってスンッと待機しているのが可愛すぎて、いつもは飲むのと読むのは同時にやらないが、今日はお茶を持たせながら抱っこしてそれを読んだ。

もう、可愛すぎるんよ君は。

寝入り前にせめて幸せな気持ちになれたなら良かったよ。

本当に本当に、いつもいつもずっと永遠に愛しているからな。

頼むよ。

娘の読書傾向

娘が好きな絵本は、以下3ついずれかの要素を持っている。

目新しく、読んだことがない本

娘は本が好きだが、最近は「良く知っている本」よりも「初めて読む本」に興味を示すようになってきている。

これまで大好きだったディック・ブルーナのシリーズや、まどみちお『くまさん』等はスルー。

良かれと思って持っていくと、「おしまいッ!!!」と閉じようとする。

図書館に行く頻度を増やしても良いかもしれない。

図鑑

図鑑系は簡単なものから写真多めの本格的なものまで、前々より幅広く何でも好きだ。

特に最近のお気に入りは『はじめてずかんシリーズ どうぶつ1、2』『じぶんでよめる さかなずかん』

細かいところまで「これなにー?」と聞いてきて、答えるとたのしそうに復唱している。

「ほうぼう」や「はなごんどう」などマニアックなものを覚えている。

アンパンマンシリーズ

これはもうどんな話の内容だろうが本が小さかろうが好き。

ベッドにも持って入る。

アンパンマン、じつにおそるべし。

娘と雪

昨日は娘にとって人生初雪だった。

クリスマスもあまり派手な飾り付けはしていないし、正月もコロナで縮小気味。

絵本や映画で雪の存在を知ってはいるから、近々せめて東京あそびマーレのスノータウンでも連れて行ってあげたいと考えていた矢先の大雪、予想を上回る白銀。

仕事を終えて家に戻り、昼寝から目覚めた娘を窓のそばにつれてゆく。

みてみて雪よと告げると、一瞬不可解な顔をしていたのが、ぱぁっと合点がいったような笑顔になった。

我が家を出てマンションのメインエントランスに向かう道すがらも楽しそう。

通りに出て真っ白な世界を眼前にみとめたときには、驚きとワクワクの詰まった何とも言えない表情に。

「ゆーきだー!」

傘をさすのも危険に思えたので、2人で厚着して防止や手袋を装備して外に出た。

5分程度で帰宅する予定だったが、娘がジタバタとはしゃいで夢中だったので、可能な限り行きたいところまで行かせることにした。

車通りのない裏路地から公園へ、そこから住宅街へ。

ぎゅっぎゅと踏み固まる感触が新鮮らしく、足踏みするように歩く。

時々子犬のように空を見上げては、雪の結晶が頬や鼻先にふりかかるのを、目を細めて楽しんでいた。

きみはあと何回そんな可愛いリアクションを見せてくれるのだろうか…

世界を知っていくとこういう感動は薄れるものだろうが、わたしは娘と生きることで、そういう感動を再び味わえている気がする。

結局、20-30分程度歩き、カフェで温かいスープでも飲ませようと入店しかけたところで再び「ゆき!いやだぁぁゆき見る!」と駄々をこねられ、濡れて冷たくなりかけた格好そのままで岐路に着いた。

東京なのでせいぜい積もったところで5センチ程度だが、良い経験になった。

東京あそびマーレサンは…どうしようか未だ迷っている。