2022年桃の節句の記録

お雛様は勿論飾った。夫が節分直後に丁寧に飾り付けてくれたので助かった。

食事…鮮魚なし・酢飯なしだったので、タラの芽ごはんとカニのちらし寿司、菜の花の吸い物、蒸し鶏。

供え物…菱餅、雛あられ、生菓子

反省…リビングで鍋などのパーティー調理イベントをするときは、不織布でもかぶせておくべきだった。漆器に薄い油膜が貼ってしまい、掃除が大変

娘もイベントを理解し始め、ひな祭りの歌も覚えてよく聞きたがり、当日には雛あられとちらし寿司を爆食い。

少しずつ色々わかるようになってくると楽しいだろうから、これからも楽しみだ。

ちなみに、静止している写真は一枚も撮れなかった笑

最近の娘

昨日も娘がかわいかった。

最近靴がサイズアウト気味で、未だ余裕のあるものを手に入れられておらず(週末に買う予定)、散歩は縮小傾向にある。

代わりに家の中で一緒に遊ぶ時間が増えている。

フェイントだっこ

娘は比較的一人あそびが好きというか苦にならない方だが、背中側にわたしが居ると安心するらしく、いつもわたしにもたれかかるようにして遊んでいる。

最近、これに加えてかわいかったのが、「だっこ!」と呼びかけてきてわたしがそれに応じようとするとにっこりわらって元の場所に戻っていくケースだ。

娘なりに、だっこしてもらえるとわかると安心するらしく、そしてその安心が最重要らしい。

自分で心の安寧の落としどころを得ているのがわかり感慨深い。

人間だ…

恐竜にハマりすぎ

幼児ならだれでも通る道かもしれないが、娘は最近恐竜に尋常じゃないほどハマっている。

図書館で仕掛け絵本を見たことがきっかけだと思うが、以来動画コンテンツでも恐竜のドキュメンタリーやBBC系ばかり見たがる。

母の方が付いていけていない。

恐竜図鑑は今家に3冊あり、恐らくほぼ読めていないが、写真を捲るだけでどうやら満足らしい。

「アンキロサウルス」「ステゴサウルス」「トリケラトプス」「プテラノドン」あたりはわかるが、「ディノスクス」「アーケロン」「ベールゼブフォ」あたりになるとちょっとコアすぎると思う…でも本人の発音が愛おしすぎるのでまぁ何でもよい。

結論:何でもよい。

【定期】発話数が増加

夫やわたしの発話をよくまねるほか、ディズニー映画や絵本の台詞を丸ごとコピーして感情を乗せて発話する。

「まじで~?」

「これうめ~」

といった、なんとなく覚えてほしくはない発話も増えたが、本人がとても楽しそうなので今は見守ることとする。

外出先で『シュガー・ラッシュ』のヴァネロペの台詞「離して!離してよ!!」を絶叫するのだけは出来れば控えて貰いたいが…

2歳3ヶ月の娘の便秘が恐怖体験だった話+深刻化した場合の症状など

【閲覧注意】詳細な便の描写あり⚠️⚠️⚠️

今朝、便が固すぎたらしく、娘が排便時に号泣。

普段の様子

突然だが、娘は普段かなり快腸だ。

適度な運動に十分な睡眠、栄養ある食事をしているから当然ではあるが、日頃から1日最低1回、大体午前中には排便がある。

便の状態も良く、最近は食事量に比例してその量もズッシリ増してきた。

今朝の症状

つかまりながらふんばっている娘の表情がこわばり、暫く経ち、小さく「ふえぇ…」と不安そうな声を出したところで異常に気がついた。

わたしが見ているのに気が付くと、手を伸ばしてハグを求めるが、自分からは歩いて来ない。

普段ならこれだけの時間踏ん張っていればおむつが臭い始めるが、臭いが無かったのでベッドに寝かせ、おむつを外してみてみることにした。

すると、肛門を押し広げた状態で硬く詰まった便がみっちりと顔をのぞかせていた。

外から見たときの推定直径2センチほど。

娘はそれでも踏ん張っていたが、そこから便は動かない。

この時点で娘は恐らく痛みとパニックで号泣していた。

曲げた脚を戻そうとすると肛門が締まり痛みが増すのではと思い仰向けのままお腹をさするが、益々激しく泣くばかりだった。

肛門の皮膚が切れそうなほど張りつめており、オイル浣腸用のワセリンを入口付近に少し塗布した後、同様にワセリンを塗布した綿棒で、入口の数かけらのみを取り出したが、この時恐らく腸壁からわずかに出血してしまう。

取り出した便が最も硬く、奥に柔らかい通常便が見えたため、一旦おむつを被せた。

排便の最中、且つ出ない状態のビジュアルと娘の泣き方から、このまま小児科に電話しようとスマホを探している最中、娘は立ち上がり、またしばらく踏ん張っていたが、約1分ほどで泣き止んだ。

無事全てがおむつに出たようだった。

出た便は、やはり先端部が最も硬く詰まっており、直径は3センチほどあった。

考えられる原因

恐らくだが、昨日は摂取した炭水化物の量が普段と比較して少し多かった。

同時に、ミルクを飲ませすぎてカロリーオーバーになるのを懸念して麦茶を勧めたことで、結果摂取した水分量が不足していたかもしれない。

同定は出来ていない。

類似する症状(推定)

便秘で緊急通院しようと思ったことで調べると、類似する症状や状態?には以下のものがありそうだ。

便秘症

そのものだが、幼児のケースは二重の悪循環があるとして深刻視される。

便秘症は、放置しておくとだんだん悪くなることが多いのです。(中略)特に2~3歳のお子さんは、硬い便で肛門が切れて痛い思いをすると、次の排便を我慢したり、肛門の筋肉を締めながら息むようになります。排便しないように足をエックス形にクロスさせてこらえたり、部屋のすみでしゃがみこんだり、親や机にしがみついて立ったまま排便しようとします。しばらく我慢していると便意は遠のくもので、そのまま大腸に便が残ります。残った便は、大腸から水分を吸収され、どんどん硬くなり、いよいよ出る時には非常な痛みをともなうことになり、ますます便を我慢するようになります。便秘でない子では、直腸に便が溜まると便意が生じるものですが、便秘で便がたまっている子では、常に便が直腸にある状態が続くことになり、腸がだんだん鈍感になってしまい、ますます便が長く腸にとどまって硬くなっていきます。このように2重の悪循環がおこり、こどもの慢性の便秘症は悪くなってしまいます。

王子総合病院 医学教室

便塞栓

便秘症の延長線上にある一つの状態。

便秘状態で、更に便を出そうとしても出せない状態が続くことで、硬い便が次々と大腸から排出され、直腸の中は水分を欠いた硬く大きな便で詰まってしまう。

この詰まったもの・状態を「便塞栓」という。

硬く大きくなった便塞栓が出口を塞いだ状態となり、通院が必要とのこと。

便はさらに硬く大きい便塞栓となって完全に出口を塞ぎます。このときの便塞栓は、石のように硬くなってしまっていることもあります。こうなってしまうと専門医でないと対応が難しい状態と言えるでしょう。

小児便秘のメカニズムと背景を理解する重要性 – 小児の患者さんを診療される先生方へ _ イーベンnavi 医療関係者向け

今後の対策

前提:適度な運動に十分な睡眠、栄養ある食事をする。

上記に加えて以下を実施する。

・ミルクを飲みたがったら麦茶にすり替えることなく飲ませる。

・便が硬い状態を認めたら、当日より排便日誌を記入する。(参考:便秘ガイドライン〈医師・医療従事者〉の「排便日誌」)

土曜の昼以降の記録

※特に目立ったことはないが、昨日の出来事を順を追って記録。

昨日の出来事だが、昼ごはんを用意していたら、娘が自分から「おうどんー!おうどん食べる!」と甘えて抱きついてきた。

娘が食べたいものを自らリクエストしてくることは、実はとても珍しい。

昨日に限って冷蔵庫に麺の在庫もなかったため、テイクアウトを見込み近所のうどん屋へ出向くことにした。

うどん屋で昼食

着くと昼時を過ぎていたからか予想外に人が少なく、母娘を認めた店員さんが速やかに奥のテーブルを空け、飛沫防止用の衝立など用意くださったので店内で頂くことにした。

店の看板商品らしいセットを注文して待つ間、「あれなにー?」「これなにー?」と質問しまくる娘に答えるなどした。

娘はきょろきょろして後ろの壁や家具を気にするほどで、大人用の椅子におとなしく座っていた。

出てきたうどんを口に運ぶと満足気で、お子様ランチ程度の分量は食べたと思う。

店の方が子供用のカトラリーなども用意してくださり有難かった。

バスで散歩

昼食後、うどん屋の周りを少し散策したが、休日の人入りや車通りが気になったのでゆるやかに岐路につくことに。

駅の裏側のバスのロータリーを曲がると自宅に続く一本道というところにきて、娘が目を輝かせた。

「バス!バスー!」「バス乗る!」と指さしてはしゃぐ。

昼食に引き続きやりたいことまで(散歩や保育園以外で)リクエストしてきたことに感動して、予定してはいなかったが少し出掛けることにした。

行先は修士で通った大学にした。

授業のない休日なので人が少ないだろうと期待したからだが、実は入試日だったらしく、行ってみるとそうでもなかった。

娘はバスがひどく気に入ったようで、一番後ろの奥の席で二人で座り、少し高い座席で流れる景色をわくわくした表情で追っていた。

目的地について、下りた途端号泣。

今までの娘史上一と言っても過言ではない地団太の踏み方で「バス!!!!!バス乗”り”た”い”!!!!!」と泣きわめくので驚いた。

気の毒なのでそのまま帰りのバスに乗り帰ろうかとも思ったが、折角来たことを思い、大学横の公園を散策することに。

これもいつも通りではあるが、散策し始めるとすぐに機嫌はなおり、楽しそうに走り回り、狭い小道を覗き込むように突き進むなどしていた。

帰り道はやはりバスを使う。

乗りながら娘が「たのしいねぇ~!」とニコニコするので溶けそうになった。

娘のお陰で、昨日も幸せな午後だった。

娘と深夜に本を読むのが好き

寝入りというか、娘は基本早寝させているが、夜に一旦起きて絵本を読むことが多いのだけど、その時間がまるで人生の幸福を煮詰めたみたいでとても愛おしい。

ミルクを飲ませて、歯を磨き、おむつを替えて、娘の気が済むまで持ってくる本を全て読む。

基本的に図鑑が好きで、魚の図鑑など指差ししながら一緒に読むことも多いが、最近は長めの物語も聞いてくれるようになってきた。

長く複雑な話は理解できない部分が多そうだが、この時間の意義とはほぼ、娘を抱いて二人で時間を過ごすことなので、そして娘が楽しそうに聞いているから、そこはあまり気にしていない。

娘の小さな体を脚の間に抱いて、お腹にその体温など感じていると、愛おしすぎて泣けてくることがある。

眠くなってくるとわかりやすく表情に出るから、そろそろねんねしよっかと尋ねるとこくんと頷く。

そのままベッドに運ぶときもあるし、まだ微妙に遊びたりなさそうというときには、リビングに敷いたラグの上で二人して横になり、天井を見上げる娘のお腹や頬を撫でながらキラキラした瞳を観察することもある。

そんなとき思い出すのはこの曲だ。

I wanna get lost with you

And hideout out under the light of the moon

I wanna get lost with you

And see what it’s like to spend the whole night

With you, just you…

この時間が永遠に続いたらいいのに。

いつか独り立ちしてどこか遠くへ行ってしまうのは確実で、将来を思えばそれこそ自由で望ましい展開なのもわかる。

だけど今はそれが寂しくて寂しくて仕方がない。

未来のいつか、早めにちゃんとこの感情を乗り越えられますように…

謝罪を体得(一応)

個人的に娘の成長を感じた出来事があった。

経緯

昨晩父が帰宅してから、横並びのテーブルで一緒に少し遅めの夕食を取っていた時、父母の間に挟まれた娘が、持っていたストローマグを乱暴に振り回し、父の右肩をガンっと殴打。

父は「痛い!」と大げさに顔をしかめ、更に母は静かに「今のは●ちゃんが乱暴だったね」と指摘。

びっくりした表情のまましばし固まり、それから目を大きく見開いたまま数秒ふっ、ふっ、と息を継いで、やがて声にならない声で「ぅぁあぁぁぁぁぁー-----…」と泣き始める。

これは娘が自分で自分をコントロールしようとして出来ない時の泣き方だ。

怖い時や不満を訴えるときの、首を振りながらの「いやあぁあぁぁぁ!!!」とは対照的で、音量は小さめでそれでいて本人の表情には滅法悲壮さが際立つ。

一旦叱るそぶりを見せた手前、わたしとしてはすぐさま抱きしめたかったが、そうはしなかった。

近くで見つめながらなるべく穏やかに「●ちゃんが乱暴だったよ。それはわかる?」と尋ねると、わたしを見つめながらえぐえぐとしゃくりあげつつうなずいた。

一旦叱るそぶりを見せた手前、わたしとしてはすぐさま抱きしめたかったが、そうはしなかった。(2回目)(偉い)

「一回ママと落ち着こう。落ち着いたら、パパにごめんねしようね」と言いながら隣に身を寄せたら、娘の方からしがみつくように顔をわたしの胸へと押し付けてきた。

内心、かわいそうなのとかわいいのとで全く穏やかでなかったが、そのままじっと落ち着くのを待った。

暫くしゃくりあげていたが、胸に顔をぴたりと押し当てていると落ち着くらしく、次第に呼吸がリラックスしていった。

涙がおさまり、ふうと息をついたところで「じゃあ、パパに言おうか。”パパごめんね”」と促すと、暫くの沈黙の後、

「パパ…ごめんね…」と娘の言葉で謝罪した。

これまでとの変化

前提として、謝罪の意味は理解していると思う。

ただ、少し前から、娘は謝罪を求められると反発することが増えていた。

思いきり床に液体をぶちまけえも、ぬいぐるみや絵本を残酷に解体して叱られても、「いや!!!」とゴネてうやむやにしようとする。

そもそも不満があっての暴動だったりする場合もあるから当然といえば当然だが、叱られるということが引き金になって反発が起こることも多かった。

だから、一旦落ち着いた後であっても、相手に謝れるというのは進歩だと感じる。

久方ぶりに公園へ

今日も娘が壮絶に可愛かった。

数日ぶりに、少し長めに散歩に出向けた。

といっても近所だが、普段足をのばさない方面まで行けて良かった。

遊び未満の遊びに夢中になる

立ち寄ったカフェで食事に飽きてきたなというときどうするかというと、大概遊びにも満たない遊びのようなものを生み出すことにしている。

今日は、ウッドテーブルの天板に等間隔で空いている隙間に指を差し込んで娘に捕まえさせる、いわゆるモグラたたきみたいなことをした。

した、などと書くと大仰で笑えてくるが、要するに注意と好奇心とを満たすほど良い手遊びリストはどんどん増える。

「キャハハハハ!!!」と声を上げて大喜びしており逆に母は恥ずかしかった…

でも可愛いのでオッケー。

野鳥の物まねが意外とうまい

ふと耳にした鳥の鳴き声をほぼトレースしていて少し感動した。

🐥「ギャー!」

娘「ギャー!」

🐥「ギャーーーッ」

娘「ギャーーーッ」

音感は良いとみえた…

「すずめが鈴生り」

某ひらがな絵本で描かれていた光景にそのまま出会い、「鈴生り」を改めて教えたところ、どうやら雀の異名=「鈴生り」として理解したらしく、樹の上の群れに向かって

「すずなりー!」

「すずなりー!!!」

と呼びかけていた。

大声で呼びかけて近寄ったら、鈴生りの雀たちはバタバタと飛んでいなくなってしまった。

なんてことない日常だが、毎度「こんな幸せで良いのだろうか…」と思ってしまう。

最近の懸念

昨晩は久しぶりに夜中に娘が寝る気配がなく、一緒にリビングでくつろいで絵をかいたり歌を歌ったり、明け方には一緒にシャワーを浴びるなどした。

どんどん自我がはっきりしてきて、嫌な事ははっきり「いや!」と言うようになってきた。

いわゆるイヤイヤ期っぽさもあり、我儘を言う機会もあるけれど、ただ、それでもやはり娘はかなりおとなしいと感じる。

基本的には明るく素直に育ってくれていると思う一方で、ずっと心配していることがある。

娘に寂しい思いをさせてはいないか、そしてそれが主体性や好奇心の芽を摘んでしまっていないかということだ。

以前も書いたが、自分は確かに良い子ではあったが、自罰的ではなかったし主張が強かった。

愛されてきた自覚は存分にあり、母に無視された記憶もない。

それに対して、娘はわたしが仕事に忙しすぎることで、寂しい思いを抱かせすぎていないだろうかという点は本当に常に気がかりだ。

抱きしめて頭をなでると安心しきった顔になるが、時間に追われた一日の後では、それもまた胸を締め付けられる。

仕事は娘の将来のためにもとても大切だし、実際やらなくてはならないことは無限に広がっている。

常にあなたのことは頭にあるけれど、それでも構えない時、わたしは他に何かできることがあるだろうか…

とりあえず今日はこれから公園に連れて行ってめいっぱい遊ばせよう…

三輪車漕ぎの娘

娘とのゴールデンタイムが終わった。

この寒さとコロナ事情で、いよいよ連れて行ってあげられる場所がなくなってきている。

一時保育をお願いしている園でもコロナ陽性者が出たらしく、1月末までは一時保育をキャンセルするなど。

娘は毎回かなり楽しみにしているようだから早く事情が落ち着いて欲しいが、やむにやまれぬ事情とはまさに今のことだろう。

公園も好きなのだが、昼間の最も暖かい時間帯を逃すとそれも厳しく、同世代以上が多すぎても遊べない。

そういうわけで今日は近場にある児童館に行った。

児童館でもサークルはかいさいされていなかったり、人も少ないが、時制に合わせたイベントやなんとなくの雰囲気が味わえたりして楽しく過ごせることが多い。

なにより、児童館を利用するようになって初めて知ったことだが、居住区の職員さん方は皆とてもプロで、施設として非常に安心できる。

今日は幼児自体がうちを除いて0人で、遊具や楽器を満足するまで使えたのがよかった。

家にあるアンパンマンカーは一度汚れて以来外に出しておらず、児童館で久しぶりに三輪車を使ったが、自分で体重を乗せて踏み出すところまではできていた。

楽しいときには「たーのしー!」と言う。

一人でちゃんと漕ぐにはもう少し時間がかかりそう。

帰り道、寒い寒いと言いながら手をつないで歩いているとニコニコ「大好きだよー!」と叫んでくる。

楽しい、とほぼ同義で使っている節はあるが、やっぱり言われるたび昇天しそうになる。

寒空の下昇天するとシャレにならない…

機械音はこわい

娘は機械音を怖がる。

監視カメラの音声には”死んだふり”

娘の居る部屋には定点監視カメラを付けており、カメラを介してマイクの音声を届けることができるのだが、以前それを使って「●ちゃんママだよー」と話しかけたところ、床に即時臥せってぴたりと息をひそめた。

おそらく、死体の振りをしていた。

急いで部屋に直接様子を見に行くと、ダッシュで駆け寄ってきて「こわかった…」と。

以来二度とマイクは使っていない。

クリスマスプレゼントに与えた真似っこぬいぐるみのライオン

クリスマスに、どこぞのおもちゃ屋でみつけた、話しかけた音声を真似るライオンのぬいぐるみを与えた。

今思うとなぜそれを選んでしまったのかという感じがするが、当時はとてもかわいく思えて衝動買いしたのだった。

プレゼントとして与えたときの絶叫は筆舌に尽くしがたい。

一気に部屋の対角線上までダッシュで逃げ、その先は壁だというのに、壁に登ろうとしていた。

「こわい!!!!!」「おしまい!!!!!!!」と悲壮な顔で叫んでいたので、以来電源を落としていた。

ただ、最近少し認知が発達してきたのを感じていたので、電源を付けて小さな音声から真似させてみている。

「●ちゃん~」「こんにちは~」「だっこして~」と真似させると、最初はぎょっとしていたようだが、徐々に慣れてきた。

今日は「らいおんしゃん!」「おへんじして~?」と話しかけて、らいおんしゃんから全く同じようにリピートされていた。

微々たるものでも、成長がうれしい。