娘がかわいい

これは娘についての手記であり、親としてのわたしの所感・内省録のようなものである。

断じて親バカ日誌ではない。

娘が昨年2歳を迎えた

徐々に言葉数が増え始めた1歳後半から怒涛の成長、と書くと少し大げさだが、今この一瞬一瞬があまりにも貴重で尊く、予想以上にころころと移り変わっていってしまうので、手元の手帳に手記として残しておくのでは足らなくなってきた。

そしてわたし自身が、細かく書いておかねば後々後悔するだろうと判断して、成長(親の成長も含)の過程を記すことにした。

ネット上で公開するわけであるから、将来娘の不利益となるようなことがあってはならないし、個人情報や時系列はぼかして記すが、描写する際には、現実(母であるわたしの感情ふくめ)を現実として極力ありのまま書く。

今日は、現在のわが子について紹介する。

<わが子>という存在について

親にとっては珍しくもない感情だろうが、わが子は、つくづく神秘で、“ただそこに存在している”ということだけが、わたしの生をも明るく照らすような性質を持っている。

出産するまで子どもは嫌いだった。

だが今ときたらどうだろう。

我が子を思わせる丸い背中が、ぽつんと部屋の隅で寂しそうに佇んでいる場面を想像するだけで、実際そうあるのではなくただ想像するだけで、わけもわからない感情に名前を付けるより先に涙が溢れ出てくる。

急に泣き出すわけだから傍目には怖いのかもしれないが、自分としては未だに面白い。

ナニコレ?

とにかく、この異様な状態を標準化してしまうのが<わが子>だ。

わたしとは全く異質の新しい個体でありながら、今やわたしの全てであり、生きる希望であり、未来であり、今そのものである。

娘はどういう子か

わが子・娘は現在2歳であるから、未だ明確な自我を芽生えさせて久しくなく、これからそれも様々に変わってゆくだろう。

あくまで“現状”どういう子であるかについて、わたしが理解している範囲で書く。

めちゃめちゃ可愛い

もうこれは…

寸分の間違いも狂いもなく世界における共通の事実として声を大にして言いたいが、本当に本当にかわいい。

まごうことなき可愛いの化身。というよりも最早、可愛さが服を着て歩いているし、時折こちらを見てにっこり天使のように微笑む。しぐさも容姿も声も、拾って手渡してくれる道端の落ち葉含め全てが可愛い。この点が最も業が深い。

活発で明るく我儘で粗野、かつ慎重

天真爛漫で機嫌が悪くないとき以外は声を上げてよく笑う。

わたしの幼い頃にはなかった活発さもあり、面白いものを見るとすぐに走り出す。

高いところにも登りたがる。

そして子どもの性質としてとてもまっとうに、我儘で粗野である。

一方、良く知らない物事については初対面で強く警戒する。

警戒が度を超して恐怖が喚起されると、遠くから「イヤーーーッおしまい!!!!」と叫んで自分の世界から締め出そうとする。

人の気持ちをよく慮り、空気を読む

同じ指示を出したとしても、声色や表情、空気を敏感に感じ取り、その真意を察する能力に比較的長けている。

母であるわたしが疲れ果てていると近寄ってきて「だいじょぅぶ?」と様子をうかがってきたりする。

この影響か、人為的な物事に於いて恐らく同月齢の他の子よりも少し、諦めが早い気がする。

聞き分けが良いともいえるだろうが、要するに大人の事情で自分の目的を達成できなかった場合に、それを納得できていなかったとしても、癇癪を起こしたり大泣きすることが少ない。

現在わたしが多少憂慮する点でもある。

未だ彼女の世界では父母が全て

当たり前だが、外部で触れ合う一部の仲の良い大人を含め、娘の世界は未だ広くなく、1日を家の屋内で過ごしても、そこに親が居れば何不自由なく楽しく暮らせる。

普段特別に寂しがりということはないが、怖いことや痛いことがあった時、寂しい時には真っ先に母の元にダッシュしてハグを求める。(生きていて良かった)

絵本・本を好む

大体1日に絵本を20冊~読む。

この習慣からか恐らく、本には深い馴染みを抱いており、好きでもある。

おもちゃの大きな箱を開けたとき、中のおもちゃではなく付属の説明書きを読みたがる。

もちろんまだ読めないが。

歌を好む

音楽やそれに合わせて体を動かすことが好きで、リズムに合わせてよく一人でダンスを踊っている。

リトミックや他の習い事でも、音楽を用いる教具の場合食いつきが違う。

但し未だ演奏することの興味は長続きしない。

ここまでで明らかであるように、要するに娘は、何か目立って特異なパーソナリティが形成されている段階には来ておらず、わかりやすく「子ども」だ。

どの性質も真逆の性質を備え持っており、今のところ良いバランスで構成されているのではないか。

今後どう変わっていくのかが楽しみでもあり既に寂しくもある。

難しいと感じていること

数に関する概念的な理解には難儀している。

記号や音としての数「字」は理解できても、例えば指を1本たてたものが、軒先の一羽の鳥と同数を兼ねているとは未だ理解できない。

先日公園で知り合った親御さん曰はく、数の概念の基本的な理解は小学2年生あたりまでに完成すれば良いとのことで、最初は誰しも記号・表象としての理解からスタートする方が自然、それほど急ぐ必要もないかもしれない。

とはいえ、今後少しでも計画性を以て物事に取り組む場合には必要な概念であるから、手近なところからイメージを形成するよう努めたい。

今年をどう過ごさせるか

娘の2022年のテーマは一言でいえば「自立」になるだろう。

集団生活で苦しまぬ程度に自分のことは介助無しで一人でできるようにしてやる必要がある。

先に羅列したパーソナリティをより豊かに鮮やかに育てつつ、難しいと感じていることにも目を向けながら、生活をベースに少しずつ「自分でやる」楽しみを見つけさせる年にしたいと考えている。

わたし自身「生活」が最も苦手なので不安もいっぱい!

まぁ、実際やりたいことは多く、また個別に書くつもりだ。