最近の娘、怒るとき腕組んでてかわいい。

夫もわたしも腕は組まないと思うのだけど…ディズニー映画の影響かしら…

「笑顔のママで居たいのに、今日も子供に怒鳴ってしまった」

というような独白を見るたび、どこまで精神不安定なのだと思っていた。

どのような状況でもその時のベストを尽くせば、理不尽な感情の矛盾など起きないだろうと。あるいは単なるその人の過剰なキャパ不足だろうと。

わたしは娘のことを間違いなくこの世の存在の誰よりも愛しているし、それはこれからも変わらないと思うのだが、同時に、自我が強く出始めた娘に自分と同じような人間的な一面を見て、対処に迷うことがある。

ないがしろには決してできない成長の証だが、それを見ながらこの子との関わり方も変えていかなくてはならないことを思う。

存在として愛おしいと思うだけではだめで、わたしはこの子の人生の初期には丸ごとの責任があって、でもその責任は干渉や及ぼす影響とともに徐々に消していかなくてはならないはずだ。

その過程で、やはりぶつかるんだろうと予測する。

一対一の、自分のコアを持った個人として対峙しながら同時に存在ごとこの子を尊んできた親でもあるというのは、きっと精神的なタフさを要される。

何が言いたいって、我が親ふくめ子育てしてきた人、暴れながらでも不安定になりながらでも、やりきったこと、みんなすごい。

半端ない。

わたしもがんばろう…

せがまれてイヤリングつけてあげると、本当に得も言われぬ嬉しそうな幸せそうな顔になり、それがあまりにも本当にあまりにもかわいくて、プリンセスでしかなかった(昨日の話)

実母から送られてきたねじの積み木を、永遠にやっている。

モノをクリエイトできることはわかるようで、「蛇さん作る!」「お馬さん作る!」と楽しそうだ。

まぁ、まだ作るのはほぼわたしが作るんだが…笑

保育園に通っていたとき母が車を停めてフェンスの向こうからこちらをのぞきこんでいたことがあり、恥ずかしくて怒りが湧いたものだが今となっては一ミリたりとも非難できない。

耐えられる気がしない…心が痛い…

穏やかに晴れ、公園日和だった。

最近絵本でも『ようちえん』を好み、同世代の子どもが遊ぶ様子を興味深そうにニコニコ見ている。

早く遊ばせてあげたいのと、危険がおそろしすぎて外に出せていない現実との葛藤でいつも勝手に押しつぶされそうになる。

娘はもっと切実だろうに。

どうするのが安全で幸福なんだろう。

親のエゴで閉じ込めておくのは良くない、とは思いつつ、他人に任せるのは命を預けることにほかならず、未だにその決心がつかない。

1日中園内でテレワークさせてくれる幼稚園とかないものか…(無茶)

とりあえず、今日も娘は最高に可愛らしかった。

ひとりあそびも上手だが、公園で元気に遊び、シーソーでは上下に合わせて音階の歌を歌う。

ブランコでは隣の子の口癖の真似をする。

砂場では相変わらず蟻に夢中だが、蟻相手にごっこ遊びを始めて面白い。

本当に、一生健やかで幸せでいて欲しい。愛している…

娘、最近は”やっちゃいけないことを隠れてやりたい”欲があるらしく、まぁこちらからするともろばれなのだが、それが一々かわいすぎてわたしは暫く見ていたあと「●●ちゃん~?」と声をかける。

バレたと思った瞬間ダッシュでクッションや布団に飛んでいき、ぼふっと顔をうずめて死んだふり?をする。

顔を隠しているけど顔以外は全部でており、やはり頭隠して…の状態でなんかもう、なんかもう…

全てが可愛すぎてたまらない…

娘の言動が可愛すぎて「本当に自分から生まれてきた子どもなのか…?」と思えてくる…

たぶん今回の妊娠では初めて赤子のしゃっくりを感知した。

愛おしすぎて泣けるわぁ…

同時に娘のときのことも思い出す。

いま隣で「これ入れとこうかな〜」と言いながらおもちゃのワニの口に肉や野菜を突っ込み、餌付けしている娘。

低体重のまま生まれてしまうかもとひやひやした娘。

こんなに大きくなるんだものな。

親二人多忙だが、子らとの時間は何よりも大切にしていこう。