昨日も、降園時にお友達と大喧嘩の娘。

「△ちゃんだいっきらい!もうあそばなーい!」と絶叫してお友達を泣かせていた。

先生の仲裁を見ていて気づいたことがある。

「娘ちゃん、△ちゃんになにか嫌なこと言われた?」「言われた」「なんて言ってた?」「〜…って…」「それ今じゃないよね、お昼寝のあとじゃなかった?」「そう…」「それを思い出して嫌な気持ちになっちゃったのかな?」「うん…………」「本当に、嫌いなんじゃないよね?好きなところもあるよね?」「ある…………」

ネガティブなときはまぁ、すべてがネガティブの理由になりやすいとして、この原理は一理ある気がした。

もしかすると娘は、頭を満たす記憶の中で、ネガティブなものを多く思い出しやすいかもしれない。

これは夫を見ていても常々感じることで、いわゆる「ネガティブ思考」ということになるかもしれないが、となると色々やりようもある気がする。

一つには、思い出しやすい「(本人にとっての)ポジティブな要素」を繰り返し体験してもらうこと。

大好きな活動やアクティビティの記憶のほか、それこそ親の声掛けによる嬉しい気持ちも含まれるのではないか。

そして、そういうポジティブな要素が、比較的傾性的に発生しやすい娘のネガティブになんらかの良い影響を与えるのではないかと予測する。

一つの取り組みとして、思いつくままではなく”ある程度選定した”褒め言葉を繰り返し掛けてみることにする。

娘の特性にもマッチしつつ、少し希望も込めて「優しいね」「賢いね」「頑張っていてすごいね」の3つで試行する。

イヤイヤ期息子、親の箸を使いたくて奪い取り、取り上げられるとギャン泣きで夕食のお皿に顔面から突っ伏して全力の抗議。

そ、そこまで?!と笑ってしまう…

息子、バックルをガチャットやるのにハマってしまい、気がつくと娘のリュックもベビーカーの紐も施錠されてしまっていて本当に可愛い。

意外と、力が強い…

昨日のことだが、園に迎えに行くと、娘がさり気なく棚に置いてあっ た(おそらく他の子の) 創作物を手に取って駆けてきた。

それ娘ちゃんの?と尋ねると、元気よく「うん!娘ちゃん作ったの」 と言う。

本当?年長さんの棚にあったけど、お友達が作ったものじゃない?と尋ねても、若干意固地になりながら違うという。

年長の先生に確認すると、別の子が作ったものだということだが、その子は既に降園して不在だった。

悩んだが、担任の先生に相談した。

先生はちょっとこっちおいでと娘の手を取り、「これ◯◯ちゃん (娘)が作ったの?」「うん」 「先生、嘘は本当に嫌だから本当のことを教えてね。もう一回聞くよ。これは◯◯ちゃんが作った?」 「そうだよ!」 「…そうか、わかった。それじゃ先生◯◯ちゃんのこと信じるね。◯◯ちゃんが嘘ついてたら凄く悲しいから、それは覚えておいてね。このおもちゃ、今日は持って帰っていいよ。でも明日も持ってきてくれる?△△ちゃんも、自分が作ったって言うかもしれないから。」

とのことで、家に持ち帰った。

こういうことは、これからもきっとあるだろう。

向き合い方の一つの方法を学ぶ良い機会だった。

なにより、嘘というものは真相を見抜き (証明し) づらいことがほとんどであるし、それをどこまで追求するか。

今朝再びそれを持って登園した娘は、今頃何を経験しているのだろう か。

今朝は娘のクラスの登園ラッシュと重なり、ギャン泣きのクラスメイトを横目に、なんとなくゴネそこねた娘が小さく手を振っていて、思わず駆け戻って抱きしめた…

空気読めてすごいけど、自分を隠すことが癖になってしまわなければいい。

今日もこの先もずっとずっと大好きだよ…

朝の公園遊びで、息子をおろして20メートルくらい離れたところから手を振ると、小さくバイバイを返し、お辞儀までしていて可愛すぎて泣いてしまった…

息子、わかりやすくイヤイヤ期に入ってきておもしろい。

姉の傘がどうしても欲しくて、不在の間ずっと抱きしめていたが、もうすぐ帰ってくるというときにどれだけ優しく諭したりゆっくり手を差し出しても返さず、しかたなく手から取り下げたらギャン泣きの末、海老ぞりでだっこを拒否。

あんなにだっこ好きで、抱き上げられるたびきゃぁきゃぁと声を出して喜んでいたというのに、初めて前抱きができず全ての荷物を投げ出すしかなかった。

帰宅してからは、ベビーカーで遊びたがるあまり玄関に居座り、入浴時に声をかけても無視、抱き上げようとすると全力で寝転がり拒否。

とはいえ切り替えは早いので引き摺らず、すぐにケロリとしている。

まだまだチョロ可愛い…

寝ようとしたら、後頭部に娘がつけてくれたヘアピンがくっついたままなのに気付いた。

「可愛いからママにもつけてあげるね!」と言ってくれていたのに、寝かしつけ直前の忙しさにかまけてろくに喜ぶ様子も見せることなく、挙げ句娘を先に寝入らせてしまった。

子どもは、つくづく自由なようで自分の意志が通らない場面が多い。

今日一番の後悔…明日はお礼を言おう。

なるべく、子どもたち本人の意志が連綿と続くような生活がしたいと思う。

息子、何かをやろうとして失敗してもすぐに投げ出したり怒ったりしなくてすごいなぁと思うけど、思い返せばわたしに似ているだけかもしれない。

ということは、怒らないけどそのぶん鈍感ということでもある…

娘は癇癪を起こすが、人の表情や雰囲気を読み取るのに長けている。

幼少から2人が各々特性を持っていて面白いなぁと、もう1年以上思い続けている。