息子のイヤイヤ含めた強めの主張と娘の希望を尊重しつつ保育園までを往復すると、帰り道だけで公園への立ち寄り含めておよそ2時間が経つ。

移動がそのまま遊びになる時代。

大変ではあるが、全力で遊ぶ子どもたちを尊敬もしている。

自分一人で2時間も過ごせないが、子らを監督していると退屈からは無縁で、あれやこれやと楽しみが見つかるのも楽しい。

意味は区別できていないだろうけど、前まで「ちょらい(頂戴)」と言っていた息子が「たべたぁい」と言うので感動してしまった。

小さい子は耳が良く、時々意味はわかっていなくても大人のよく使う長いフレーズをそのまま真似したりもする。

今朝は「そうそうそーゆうことー」と、おそらく聞いたままを脈絡なく言っており驚いた。

トミカにハマっているから、プラレールも試すかと思い、明らかにまだ対象年齢より下だが山手線を買ってみた。

電動の駆動に最初ドン引きしていた息子だが、電池を抜いて遊ばせるとやはりうれしいようで、いつもは大好きなお風呂も「でんしゃ、でんしゃ!」と早く遊びたがり、早く出る。

もう可愛すぎて一生見ていたい…

夜、寝入るときに娘が「保育園で娘ちゃんは一人だから、行きたくない」と言う。

先生もお友達も好きだけど、今日は誰とも遊ばなかった。

何もしなかったし、したくなかった。

楽しい時もあるけど、ママが居ないのが寂しい。

一緒に居たい。

こういう感じのことを言っていた。

今朝、仲良しのお友達に「今日一緒にあーそーぼ」と声をかけて、「今日は◎ちゃんと遊ぶ~」と断られて寂しそうな娘を見ていたら泣きそうになった。

自分の幼少期は、あまり他人を遊びに誘う方ではなかったけれど、似たような経験はちゃんとあって、これが致命的な何かでもなくて、むしろ成長には必要な友人らとの距離の取り方・関わる過程だったりもすると思う。

同時に、保育園とか別に行かなくてもいいよとも思う。

だけど、単純に娘の悲しそうな顔というのが、見ていて辛くなる。

とりあえず明日は「科学館行こっか!」と誘っておいた。

心持は気楽に構えつつ、できることを色々試したい。

今日は息子が2時間ほど寝付かなかった。

夫も居る休日だったため部屋を暗くして大人は退室して少し様子を見たが、寝入る兆し皆無のため速やかに戻った。

相手が夫のとき、夫が少し声を低くして「もう寝るんだよ」と告げると大抵頷いて寝るのだが、今日は被せるように反抗的に泣いて拒絶。

わたしはもう、可愛くて、ただただ可愛くて、穏やかに寝息を立てる娘の隣、暗くした部屋で長いことうにゃうにゃと転がりなんとなく時を潰す息子をなでたりお腹をポンポンしたりして過ごした。

本当に可愛い…

こういう時、解決したり早めに切り上げたり、大人の都合に合わせさせないことはきっと大事なことだろうと、改めて思う。

息子用のベッドと、娘が伸びやかに眠る敷布団を3往復ほどして、最後は子守唄を歌ってベッドに寝かせると、くたりと寝た。

息子、少し前まで少し気を抜くと食べ物を口に詰めすぎてハムスターみたいになっていたのに、ここ1週間ほど、全て任せても上手にペース配分しながら食べる。

地味に気になっていたから、よかった…

近隣の音楽イベントへ、二人を連れて行ってきた。

皆にかわいがってもらえ、好きな童謡もたくさん聞けて楽しそうだった。

ことりのうたは、個人的に娘が初めてYouTubeで狂喜した懐かしい歌でもある。

4月以降、発達にも変化が見られ、最近は議論して交渉することも覚えた娘。

本当に可愛くて、日々新しい驚きに満ちた日々に感謝である。

息子、パパに叱られて半泣きに。

叱られて泣くことは以前もあったが、その表情が、怖いやら悲しいやらちょっとムカつくやらのいろんな感情に満ちたものになっていて驚いた。

成長している…